602【バングラデシュ紀行】実はもともとはパキスタンだった!!?アジアの最貧国あたりに位置する『バングラデシュ』とは??

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バングラデシュという国名を聞いて何を思い浮かべますか?
インドの東側にあるこの小国についてぱっとイメージが浮かぶ人もまれなのではないでしょうか。
日本では、2016年に日本人が殺害されたテロのことを思い返す人が多いかもしれません。
そのため、バングラデシュ=なんか危険な国、というイメージかもしれませんね。

実際、現在のバングラデシュはアジア地域では最貧国クラスに位置し、そのことから犯罪も多かったりする国であることは事実です。
しかし、このバングラデシュのある地理なのですが、ヒマラヤ山脈から流れてきた栄養素豊富な雪解け水と土砂が、ガンジス川などを経て堆積し、世界大大規模の三角州(デルタ)となった、水と緑にあふれた土地なのです。
そんなことから、バングラデシュのあるこの地域は、歴史的には非常に豊かな地域だったのです。

それがなぜ、現在ではこのような貧国になってしまっているのでしょうか。
この国はどのような歴史をたどってきたのでしょうか。

今回は、南アジアの国、バングラデシュについて調べてみました。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 実はもともとはインドでありパキスタンだった!!?こう聞くといったいどんな国なのか、興味津々なバングラデシュについて調べてみました。

バングラデシュ

バングラデシュは、南アジアにあるインドの北東に位置する国です。
この地域は、ヒマラヤ山脈からやってきたほうふなゆきどけみずと土砂が、3つの大河によって運ばれて堆積した、世界最大のデルタ地域です。
そして、毎年のように繰り返される洪水によって、土地には栄養素が運ばれてきて肥沃な大地となり、人々の生活に潤いを与えてきました。
そのため、大昔から人類にとっては生活しやすい環境の整った場所だったのです。

バングラデシュの気候

バングラデシュの季節は大きく分けると雨季と乾季にわかれる気候ですが、細かく分類すると6つの季節があるということなのです。
しかし、年間を通して日本よりは熱い国であることは確かです。

このような土地と気候の国なのですが、現在のバングラデシュはアジアでは最下位ランク近い貧困な人の多い国です。
しかし、2000年に入ってからは他国の企業がどんどん進出してきており、徐々にではありますが経済的にも国力が向上してきています。

日本なども、もともとは中国やベトナムで国外生産拠点を持っていたところをバングラデシュに移設するなどの動きも出てきており、Made in バングラデシュを見かけることもそう珍しいことではなくなってきました。

バングラデシュの歴史

そんなバングラデシュですが、どのような歴史をたどってきた国なのでしょうか。

バングラデシュはなんと1971年に独立したかなり新しい国です。
ではそれまではどうだったのかということなのですが、なかなか複雑な歴史を持っています。

バングラデシュのある地域はベンガルと呼ばれる地域です。
インドにはアーリヤ人がやってきて、アーリヤ文化が全盛を迎えるのですが、このベンガルの地域にはそれが到達するまでには時間がかかりました。
そのため、現在のインドとは異なる宗教観が根付いた地域になります。
当時インド北部及びベンガルの地域をおさめていたのはグプタ朝でした。
しかし550年ごろになるとグプタ朝が崩壊します。
グプタ朝の崩壊後は、インド北部地域は小国が群雄割拠するラージプート時代
を迎えます。

そして13世紀初頭頃になるとイスラム勢力がこの地域に進出してくるようになります。当時は仏教系の王朝やヒンドゥー系の王朝があったものの、イスラム勢力がやってきた後はムスリム系の王朝が続くようになります。

ところが1586年になると、力を持ってきたムガル帝国によってベンガルの地域は編入され、このころに現在のバングラデシュの境界が定まっていきます。
ベンガルではそういった中でもイスラムの教えが根強く広がっていき、多くの人々がイスラムを信仰していったのでした。

1757年になると、イギリスがムガル帝国をはじめとしたインドの地域に進出してくることになりました。
このイギリス統治下でベンガルの地域は実は最も先進的な地域であり、最も西欧化していた地域だったのでした。

ただし、この先進的な西欧化の反動として民族運動がおこり、それに対してイギリスはベンガルを東西に分割して統治しようとします。
この時に、ムスリムが多いのがベンガルの東に、ヒンドゥーが多いのがベンガルの西だったこともあって、その境で分割を行います。
しかし、一つの地域が分割されたことからもかえって民族主義的な昂揚をエスカレートさせる結果になってしまったため、分割統治はいったんは撤回されます。

バングラデシュの成立

そして、1947年になるとインドがイギリスの支配から独立します。
この時にムスリム勢力の人々は国パキスタンとしてインドから分離独立することとなります。
この時、独立したパキスタンは、現在のパキスタンである西パキスタンと、現在のバングラデシュである東パキスタンという、飛び地の国だったのです。

しかも、実質は東西が対等な立場ではなく西パキスタンによる東パキスタンの統制のような体制であったため、東パキスタンにいたムスリムたちは、ベンガル人の民族意識を高め、1971年パキスタンから分離独立し、バングラデシュとして独立することになります。

このようにして無事独立を果たしたバングラデシュなのですが、もちろんそこにいたるまでは平たんな道ではありませんでした。

数々の事件を乗り越え、独立を果たしたバングラデシュは独自の歴史を歩み始めています。
冒頭にも述べたように、アジアの中でも最貧国近い地位にいるバングラデシュ。
人々の生活は必ずしも恵まれたものではありません。
しかし、国の中心となる世代がまだまだ若いバングラデシュ
これから世界の中でそおの地位を向上させていくだろうことは、想像に難くないことでしょう。

バングラデシュの中心 ダッカ

そんなバングラデシュで旅の起点となるのが、首都ダッカです。
位置的にもバングラデシュの中心にあり、ガンジス川とブラマプトラ川の2つの大河によって形成された肥沃な平野部にあります。

バングラデシュ最大の都市であるため、ほかの地域では見られない高層ビル街が立ち並ぶとともに、そこらじゅうを埋め造る人々がエネルギッシュに暮らす街です。

ダッカの特徴は、地域によって街の雰囲気が異なることです。

観光客が多い、ダッカの歴史を感じるオールド・ダッカ地区。
近代的なビジネス街であるダッカ中心部。
住宅商業エリアや、高級住宅街エリアなど、地区ごとに異なった雰囲気を醸し出しているのです。

バングラデシュの旅はこのダッカを起点として、飛行機や鉄道、バスや船など様々な旅の足となる手段の発着都市となっているのです。

いかがだったでしょうか。
アジアの他の国と比べるとまだまだ観光開発が十分ではないため、この点は弱さが指摘され続けているバングラデシュ。
しかし、これからのバングラデシュを考えてみると、まだまだ底力を秘めた国なのではないか!?と思えるところが多々ある国なのです。
まだまだ、訪れた人も、名所も未知数が多いバングラデシュ。
今から自分だけのお気に入りを探しに行きませんか。