603【インドネシア紀行】なぜこんなところに潜水艦が!!?実際に用いられていた旧ソ連製潜水艦を用いた『潜水艦博物館』

インドネシア(Indonesia)
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当ブログでもよく紹介するのですが、日本国内だけではなく、世界のあらゆる国々ではその国の歴史や出来事などを保存し、訪れる人々に紹介するための博物館が存在します。
博物館も様々なものがあり、真新しい建造物の中に設けられた近代的な博物館もあれば、歴史的な建造物の中などを利用してつくられた博物館もあります。

今回紹介しているのはインドネシアの第二の都市、東ジャワ州にあるスラバヤのとある博物館です。
スラバヤの街にもいくつかの博物館が存在します。
スラバヤの歴史を知ることができるスラバヤ博物館
インドネシアの独立戦争で、連合軍を撃退したスラバヤの戦いを記念した独立戦争英雄群像博物館
オランダ植民地時代の建築物の中にあるたばこ工場が博物館になっている、サンポルナ博物館
これ以外にも大小いろいろな博物館があります。

そして、そんな博物館の中でも最も異彩な雰囲気を放っているのが、今回紹介している潜水艦博物館です。
何が異彩なのかというと、その外観そのものです。
まさしく、潜水艦そのものがそのままの状態で博物館として置かれているのです。
もちろん、この潜水艦の内部が博物館として使われているため、その内部が一般に公開されているのです。
今回はそんな、なかなか他ではお目にかかることのできない、珍しい潜水艦博物館について紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 陸の上に潜水艦??レプリカではなく実際に過去使用されていた潜水艦をそのまま博物館にした、潜水艦博物館に行ってみよう。

スラバヤに関する記事です。

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潜水艦博物館

インドネシアの中心であるジャワ島。
その東側には、インドネシア第二の都市スラバヤがあります。
英雄の街としても有名なこの街には、様々な博物館があります。
その中の一つであり、数ある博物館の中でも最も印象に残る博物館がこの潜水艦博物館です。
何が印象に残るのかというと、その見た目から全てです。
なんと、街中に突然本物の潜水艦が現れるのです。

この潜水艦は、レプリカなどではなく実際に使用されていた本物の潜水艦なのです。
この潜水艦は、もともとはソビエト連邦によって製造された潜水艦S-290と呼ばれているものです。
1940年代後半から設計され、1960年代にかけて主に製造されていた潜水艦なのです。
1962年にソビエトからインドネシアに12隻のS-290が引き渡され、そのうちの1隻がこの現在の潜水艦博物館として使用されているものです。
インドネシアに引き渡された後は、KRIパソパティとしてインドネシア海軍によって実際に使用されていたものでした。
1960年代にニューギニア西部の支配をめぐってオランダと対峙することになったトリコラ作戦にも出動した実績を持ち、その際にはインドネシア軍および海兵隊に武器弾薬を輸送するために使用されたのだそうです。

そんな実績を持った潜水艦なのですが、30年以上使用された後の1994年にその役目を終えます。
一旦分解されたKRIパソパティではありましたが、現在の設置されているスラバヤ広場近くに移動され、再度組み立てられたました。
そして、1998年に潜水艦博物館として開館され、多くの人でにぎわうスラバヤのシンボル的なスポットとなりました。

アクセス

英雄記念塔から3kmほど南東に行ったところにあります。
鉄道の場合、グブン駅から西にある川を渡るとすぐ目の前に現れます。

潜水艦博物館に行ってみた

それでは潜水艦博物館に行ってみましょう。

かなり遠めからも見えるのですが、街中に突如巨大な潜水艦が現れます。

料金所は、この潜水艦のある広場に入るところにあります。

内部は博物館になっており、一般に公開されています。
周囲にはいくつかお店なども出ていました。

合わせて買い物などをしたい場合は、この潜水艦博物館のすぐ隣にスラバヤプラザという現地の人々向けのきれいなモールがあるため、そちらを合わせて利用するとよいでしょう。

潜水艦に関する細かな情報です。

それでは内部に入っていきましょう。
潜水艦内は一方通行になっているので、潜水艦前方から艦内に入ります。

艦内に入るとさっそくこのような4つの筒があります。
これは魚雷の発射装置であり、艦内から魚雷を設置して発射する装置です。
先ほどの外観の写真でも、潜水艦の前方に赤い発射口が見えたかと思います。

狭い艦内の中では多くの海軍兵が生活をします。
そのため、限られたスペースをいかに有効に活用するかが大切であり、
「こんなところまで利用するのか?」
と思えるような設計になっています。

ここが寝室です。
ベッドも非常に幅が狭くなっています。

当時使われていた機器類もそのまま展示されています。

計器類もたくさんあります。

そんな中にポツンとブラウン管テレビが一つ。
これは何に使われていたのでしょうか。

こちらは潜望鏡です。
現在も実際に覗くことができます。
この写真の奥に見えますが、隣の部屋に移動するための通路がかなり細い部分もあります。

こちらはベッドか?腰掛か?

手洗い場がありました。
潜水艦内では水は非常に貴重な物でした。

そろそろ最後尾部分に到達します。

こちらが潜水艦の最後尾です。
ここにも魚雷の発射口がありました。

とうわけで出口から博物館を出ました。

見ての通り周囲には近代的な建物もたくさんあります。
それだけにこの博物館が目を惹きます。

いかがだったでしょうか。
なかなかその内部を見る経験もできない潜水艦。
そんな潜水艦の内部を博物館としてみることができる貴重な場所ではないでしょうか。
日本から直行便のない街であり、インドネシアに行ったとしてもなかなか訪れる機会のないスラバヤではありますが、スラバヤの見どころは?と聞かれると、必ずと言っていいほど名前の挙がるこの博物館には、機会があればぜひ訪れていただきたいと思います。