612【北海道紀行】ボーイズ・ビー・アンビシャス(少年よ、大志を抱け)で有名な北海道開拓の父といわれる人物の像『さっぽろ羊ヶ丘展望台 クラーク博士像』

北海道(Hokkaido)
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丘の上から遠くを指さすポーズ。
北海道に行った時には多くの人が訪れるのではないかと思われるあの有名な丘の上にある像について今回は紹介していきたいと思います。

札幌の中心地から南に向かっていくと、小高い丘があります。
そこは羊ヶ丘と呼ばれており、札幌市街を一望できる札幌観光の中でも外せないほど有名な観光名所なのです。
この丘がなぜ有名なのかというと、ここにある像が有名なのです。
その像こそが、ウィリアム・スミス・クラーク博士の像、通称クラーク像です。
このクラークという人物、どのような人物なのでしょうか?

彼の発した有名な言葉、「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」は有名ですよね。
しかし、彼はなぜこの丘の上からこの言葉を人々に発し続けているのでしょうか?
今回はこの像にもなっているクラーク博士とはどのような人物であり、この丘の上に彼の全身像が立てられた経緯などをたどっていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 札幌の街を見守り続けるクラーク像。非常に有名な観光名所ですが、この像になっている人物とはどのような人物だったのでしょうか。

北海道絡みの記事です。

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さっぽろ羊ヶ丘展望台 クラーク博士像

札幌市内の中心地から南東に行くと小高い丘が見えてきます。
ここは羊ヶ丘といい、そこにある展望台をさっぽろ羊ヶ丘展望台といいます。
この丘からは札幌市街を見渡すことができ、名前の由来にもなっている羊たちの光景とともに、独特の印象を与える場所となっています。

ここに立つ一つの像、右手を上げ遠くを見つめるその像はクラーク像といい、ウィリアム・スミス・クラーク氏の像です。
このウィリアム・スミス・クラーク氏なのですが、像にもなるほど北海道という地を開拓した人々たちの象徴でもあるのです。
右手を上げる印象に残るポーズは、クラーク氏の見つめる遥か彼方にある永遠の真理を指しているのだそうです。
そして、彼の言葉「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」というフロンティアスピリットの思いが込められているのです。

ウィリアム・スミス・クラーク氏

ウィリアム・スミス・クラーク氏はアメリカ人の教育者であり、札幌農学校(現在の北海道大学)の初代教頭だった人物です。
アメリカのマサチューセッツ州立農科大学学長として農業教育を推進していたクラーク氏は、日本政府からの要請を受けて札幌農学校教頭として日本に赴任してきます。
教頭とは言ったものの、実質はクラークが校内のほとんどを取り仕切るような立場だったようです。
そして、それまでアメリカで推進していた農業教育を日本に持ち込み、日本の農業の発展に努めますが、クラーク氏が実際に日本に滞在したのはわずか9か月たらずだったのです。

その間にクラーク氏が推進したのは、自然科学の講義はもちろん、理論とそれに基づいた実践、聖書を用いた道徳教育など、当時の日本では画期的な授業内容が展開されました。
そして、何を学び何をしていくのかは自分自身で判断しなければいけないという学生の自主性を尊重した、自由かつ厳しい方針だったのだそうです。

クラーク氏が日本を離れる時に、札幌農学校の学生との別れの際にクラーク氏が発した言葉が「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」だったのだそうです。
しかし短期間ではあったとしてもその時の大きな功績が後に現在も残るクラーク像へとつながっていったのです。

丘の上のクラーク

この羊ヶ丘展望台のクラーク像ですが、正式な名前は『丘の上のクラーク』というのだそうです。
実は元祖ウィリアム・スミス・クラーク氏の像は、北海道大学構内にある古川記念講堂前にあるウィリアム・スミス・クラーク胸像なのだそうです。
元々は大正15年(1926)に建立されたのですが、太平洋戦争中に金属類回収を目的として供出されたために潰されてしまいました。
その後昭和21年(1948)に再建され、これが現存して今もなお北海道大学構内にの残されています。
この胸像が非常に有名だったのですが、如何せん設置されている場所が大学構内であり、学生たちの学業に支障をきたし始めたことから、1976年に羊ヶ丘展望台に建てられたのが、丘の上のクラーク像なのです。

アクセス

札幌駅から南東に約10㎞、札幌ドームからは南に3kmほどの場所にあります。
訪れるためにはバスを利用する必要があります。

さっぽろ羊ヶ丘展望台 クラーク博士像に行ってみた

それでは、さっぽろ羊ヶ丘展望台 クラーク博士像へ行ってみましょう。

こちらがクラーク像『丘の上のクラーク』です。
像の背後には札幌の街が広がります。

クラーク氏の功績や、この丘に像が立てられた経緯などが書かれています。
実利的な面でクラーク氏が残したものは大きかったですが、それ以上に精神の開拓者としてクラーク氏の功績は語り続けられているのです。

羊ヶ丘展望台からは札幌ドームも見えます。

現在は展望台ですが、もともとは北海道農業試験場の一部だったのだそうですが、観光客の増加によって一般の観光客が自由に訪れることができる展望台として開放されたのだそうです。

羊ヶ丘ウェディングパレスという結婚式場がありました。

羊ヶ丘ほっと足湯という建物です。
足湯が楽しめます。

ラベンダー畑も広がっています。
シーズンに訪れるとよい光景が目の前に広がりますね。

いかがだったでしょうか。
札幌で伝説的に語り継がれているクラーク氏。
クラーク氏にとってもこの札幌での9か月間は特別なものだったのだそうです。
帰国して数年後、クラーク氏は59歳でこの世を去ります。
しかし、クラーク氏とともに築かれていった開拓者精神を私たちは忘れるべきではないことでしょう。