685【スリランカ紀行】パラークラマ・バーフ1世ではないかと考えられている状態の良い『石立像』

世界の世界遺産(World Heritage)
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今回は久しぶりにスリランカの世界遺産ポロンナルワについての記事です。
ポロンナルワはスリランカの中部。
文化三角地帯と呼ばれる、アヌラーダプラ、キャンディ、ポロンナルワからなる世界有数の遺跡群が残る地の一つとして有名な場所です。

その中にあるポロンナルワは、当時のシンハラ王朝が南インドからやってきたチョーラ王朝の大群によって当時の首都であったアヌラーダプラを征服され、追い出されたシンハラ王朝が新たな首都として定めた場所でした。
ポロンナルワの全盛期は10世紀~12世紀ごろになります。

首都となり発展したポロンナルワですが、チョーラ王朝が南下をして侵略を進めた結果、アヌラーダプラ同様に首都を放棄せざるを得ない状態になります。
ポロンナルワはその後、急激に衰えるようになり、数百年にわたってジャングルの中に埋もれた遺跡となってしまいます。

20世紀になって遺跡の発掘が進むようになり、その全容が見られるようになり注目を集めるようになってきました。
そして、ポロンナルワは1982年に古都ポロンナルワとして世界文化遺産にも登録されるまでになります。

そんな発掘の進むポロンナルワですが、まだまだ解明されていないことも多いのです。
今回紹介しているのはそのような中の一つなのですが、ポロンナルワ遺跡地区の南部に1体でたたずむ岩に彫り込まれた石立像です。
この像はいったい誰なのか?
それはまだまだ解析されていないことなのです。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • ポロンナルワ建築の美しさと、巨大な仏像の圧倒的な存在感に感動。ポロンナルワの仏殿跡を見に行ってみよう。

スリランカのポロンナルワの世界遺産に関する記事です。

702【スリランカ紀行】かつての図書館だったと考えられているポロンナルワの遺跡『ポトグル・ヴィハーラ』
前回はポロンナルワにある、パラークラマ・バーフ1世ではないかと思われる石立像を紹介しました。その近くにあるこの遺跡に何からの関係があるのではないかとも考えられています。その遺跡の名を、ポトグル・ヴィハーラといいます。
444【スリランカ紀行】レンガ造りの寺院の中に残る、首のない巨大な仏像『ランカティラカ』
ポロンナルワはアヌラーダブラに比べると、仏像が数多く残されています。その仏像も様々であり、座像もあれば立像もあり、涅槃像もあります。そして、そんな数ある仏像の中で立像としては最も大きいものが今回紹介している仏殿遺跡のランカティラカに残されています。
426【スリランカ紀行】古都ポロンナルワ、シンハラ王朝時代の城壁に囲まれた遺跡群『クワドラングル(Quadrangle)』
ポロンナルワの遺跡地区のほぼ中心部にあたるところに、大小様々な遺跡が集まった広い場所があります。正確に四辺形になっているこの場所はクワドラングルと呼ばれています。ここは元々は、寺院があったところと言われており、仏教を古くから信仰しているスリランカでは特別な場所であったようです。
394【スリランカ紀行】ポロンナルワの北端、崩壊が進む寺院の遺構の中には、辛うじて見える壁画が『ティワンカ・ピリマゲ寺院(Thivanka Image House)』
今回はスリランカの世界遺産都市ポロンナルワの中でも、かつての美しい外観が偲ばれ、強く印象に残ったティワンカ・ピリマゲ寺院です。他の遺跡群とは距離を置き、北の端にポツンとたたずむこの寺院は、近年までは保存状態が良くなかったようであり、その風化状態がなぜか強く印象に残りました。
382【スリランカ紀行】見事な石像の残る世界遺産ポロンナルワを代表する『ガル・ヴィハーラ』
今回はポロンナルワについて初めて取り上げてみたいと思います。ポロンナルワは、11世紀にアヌラーダプラから遷都された都市であり、250年近くシンハラ王朝の首都として存在し続けました。今回紹介しているガル・ヴィハーラは、ポロンナルワを代表する一枚岩に彫られた4体の仏像が有名な場所なのです。

石立像

スリランカの中部、文化三角地帯の南東に位置する町ポロンナルワ
ここは、10~12世紀ごろ、当時のシンハラ王朝の首都であった場所です。
南北に長いポロンナルワの遺跡地区には、数多くの遺跡が点在しており、その歴史的価値から古都ポロンナルワとして世界文化遺産にも登録されています。

そんなポロンナルワの南端には、ポトグル・ヴィハーラというかつて仏教の経典などが保管されていた図書館であったと考えられている遺跡があります。
そのポトグル・ヴィハーラから100mほど北に行った荒野の中に、屋根に追われた大きな岩があります。
この岩には、人間より少し大きな立像が彫られており、石立像と呼ばれている遺跡です。
年月を感じさせないほど非常に状態もよく残っているこの石立像は、まだまだ謎に包まれている遺跡なのです。

ひげをはやし、ヤシの葉に書かれた仏典を熱心に読みふけるこの像は、そもそもが誰の像なのかというところが議論され続けています。
ポロンナルワを華やかな首都として発展させたパラークラマ・バーフ1世なのか。
哲学者プラスティなのか。
インドの宗教家アジャスタヤなのか。
現在のところそのモデルはこういった歴史上の人物などではないかとされています。

マップなどでは、パラークラマ・バーフ像と書かれているようです。
パラークラマ・バーフ1世は、首都として遷都してから数十年経っていたいたポロンナルワを、首都として都市構築したことに貢献した王でした。
パラークラマ・バーフ1世の時代にインフラや高度な農耕環境が構築され、交易や農業によって非常に豊かな時代を迎えることができました。
そういった功績によって言い伝えられるほどの人物だったようです。

アクセス

ポロンナルワの遺跡地区南端の方角にあります。

石立像へ行ってみた

それでは石立像へ行ってみましょう。

ポロンナルワの遺跡群の中でも、ポツンと南端の離れた場所に、ポトグル・ヴィハーラと石立像はあります。

こちらが石立像です。
この周辺は発掘地帯となっているようです。
石立像には簡易ではありますが屋根が付けられていて風化防止策が講じられています。

何かと比較できればよかったのですが、それほど大きな像ではありません。

700年近くの歴史を感じさせないほど状態よく残っていますね。
おそらくですが、地中に埋没してしまっていたのかもしれません。
地上に出ていたのであればもっと破損状況はひどかったことでしょう。

パラークラマ・バーフ1世と考えられる人物が仏典を読んでいます。
この近くにかつて図書館であったポトグル・ヴィハーラがあることから考えると、何らかの関係があったのかもしれません。
まだ発掘の終わっていないこの周辺では、もしかしたらさらに関係の深い意向が出てくるかもしれませんね。

いかがだったでしょうか。
ポロンナルワ観光は自転車で行ったのですが、広く遺跡が点在しているポロンナルワでは自転車で回るのがちょうどよいサイズの観光地です。
だからこそ自分のペースで今回紹介したような場所も自由に回れるわけですね。
今回出てきたポトグル・ヴィハーラは、後日ブログ記事として公開したいと思います。