687【大阪紀行】大阪の戦禍を今に伝える博物館。そこから学ぶことはとても多い『ピースおおさか~大阪国際平和センター~』

近畿地方(Kinki)
この記事は約5分で読めます。

世界各国それぞれの国や地域は、様々な歴史を経て今日に至っています。
特に戦いの歴史については、勝利の平和な時代を築いていくために、後世にメッセージを伝えるための重要なメッセージですよね。
そのために国や地域はそのような過去の歴史を受け継いでいくために、それにかかわる施設を造っていくわけです。

今回紹介しているのは大阪にあるピースおおさかという施設です。
正式名称が大阪国際平和センターといい、先の大戦時に大阪だどのような状況になったのかということを今にしっかりと伝えてくれている施設なのです。
観光で訪れる人もいるにはいる施設なのですが、来館者のほとんどは大阪市内の小学生や中学生でにぎわうような施設です。
しかし、だからといって子ども向けだけの施設なのか?そんなことはありません。
かつて大阪がそんなことに巻き込まれていたのか!?そういったことを知ることができる貴重な施設なのです。

今回はこのピースおおさかを紹介することで、大阪のまた別の一面が見えてくるのではないかと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • かつて戦争に巻き込まれ、多大な被害を出した大阪。そんな大阪の歴史も今の大阪を形作る歴史の一つなのです。

大阪に関する記事です。

639【大阪紀行】都会のど真ん中に動物園!?実は日本国内でも三番目に古い大正生まれの『天王寺動物園』
天王寺動物園は、日本で3番目に古い歴史を持つ、大正4年に開園した歴史ある動物園なのです。そんな天王寺動物園ですが、現在の大阪の市政からは冷遇されているように思います。今回はそんな天王寺動物園について、紹介していきたいと思います。
663【大阪紀行】古代からこの地を守り続けてきた大阪を代表する神社『住吉大社』
にぎやかなイメージの強い大阪ですが、たまにはしっとりと歴史を感じる名所を巡るのはいかがでしょう。今回紹介している住吉大社は、大阪市の南を代表するだけでなく、日本全国をも代表するほどの歴史を持つ神社です。その歴史は1800年ともいわれており、古墳時代のころから大阪に訪れる船の航海祈願として有名な神社でした。
478【大阪紀行】太閤豊臣秀吉が造った城と城下町…って、そうじゃないの??実は地元の大阪人も意外と知らない『大阪城(大坂城)』
太閤豊臣秀吉が整備し、氏が拠点とした大阪城。大阪は太閤さんがつくった街や!!と、大阪の人は言うのですが、現在建っている大阪城は、豊臣秀吉の時代とは縄張りも大きく変わっていますし、天守も違うものですし、天守の位置も実は違うのです。実は大阪在住の人でも知らない人が多かったりします。
314【大阪紀行】羽柴秀吉の紀州征伐の拠点。近隣には謎の古城も『岸和田城』
今回紹介している岸和田城も大阪を代表する名城であり、日本百名城の選考過程でも終盤まで残っていた城なのだそうですが、日本百名城には大阪からは『大阪城』と『千早城』が選ばれたため、惜しくも落選してしまいます。
304【大阪紀行】その高低差はくじけそうになるほど…。南北朝時代の城『千早城』
大阪の南、千早赤阪村に残る千早城です。鎌倉末期から南北朝時代にまでの時代に活躍した楠木正成によって築城された山城で、四方を天然の要害に囲まれた地形を生かした戦法や、藁人形を使って軍勢をカモフラージュするような奇策など、様々な戦法を駆使して大軍を追い返すことに成功した城なのです。
216【大阪紀行】天然の要害である三好山から見下ろす戦国時代の山城『芥川山城』
今回紹介するのはそんな大阪の地にあった芥川山上という城です。以前紹介した飯盛城が、実は三好長慶による三好政権の中心地であったように、芥川山上もその三好長慶が飯盛城に移る前に居城としていた、大坂の地にあった城の中でも最も大規模だったといわれている城なのです。
176【大阪紀行】最後は、畿内の有力大名だった三好家の居城『飯盛城』
かの有名な戦国の三英傑である織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が、天下を統一していったことは有名ですが、実は信長よりも前に転嫁を取った天下人がいたのです。その人物は、三好長慶であり、その三好長慶が拠点とした城が今回紹介する飯盛城なのです。

ピースおおさか~大阪国際平和センター~

ピースおおさか、正式名称大阪国際平和センターは、大阪市にある戦争と平和に関する展示や催し物が行われている施設です。
ピースおおさかは、1981年に開設された大阪府平和祈念戦争資料館の流れを受け継ぎ、1989

太平洋戦争中、戦争末期に大阪大空襲をはじめとした50回以上もの空襲があった大阪。
主に大阪市の中心部をはじめとして、大阪は一面の焼け野原になり、10000人以上もの一般市民が死亡しました。
アメリカ軍による無差別爆撃は激しく、当時の軍関係施設が集中していた大阪城公園などはその標的になって大規模な爆撃をうけます。
大規模な空襲に使われた焼夷弾だけではなく、1トン爆弾も使用され、その様子についても展示がなされています。

また、あまり知られてはいないことなのですが、広島に原爆が投下される前に、大阪に同サイズの模擬原爆が投下されたことについても展示があります。

展示のほとんどは大阪に絡むことなのですが、人類史における太平洋戦争に至るまでの戦争の歴史や、海外の戦争にまつわる資料。
さらに、これからの世界平和につながっていくような資料展などもあります。

館内1階には特別展示室があり、定期的に企画展示が行われており、大阪にまつわる企画だけではなく、日本国中や世界の戦争にまつわる展示なども行われています。

同じく1階にある講堂では戦争にまつわる映画上映プログラムが行われています。
定時上映では、大阪の児童たちが徳島県に疎開し、その先で怒った悲劇を描いた『十六地蔵物語』。
大阪空襲の無差別攻撃の様子を描いた『火の海・大阪』が上映されいます。
また、夏休みなどにはこれら以外の映画も特別上映がされています。

アクセス

JR/地下鉄森ノ宮駅から西に徒歩5分のところにあります。

ピースおおさか~大阪国際平和センター~へ行ってみた

それではピースおおさか~大阪国際平和センター~に行ってみましょう。

訪れたときは夏休み期間であったため、アニメ上映も普段よりいろいろな種類の映画が行われていました。

大阪の話だけではなく、広島や長崎の原爆の話や、沖縄戦の話なども取り扱ったアニメ上映が行われていました。

こちらは戦争中に天皇皇后の写真である御真影と、教育勅語の謄本が保管されていた奉安庫です。
当時の学校には必ず設置されていたもので、毎日登録したらまず一番最初にここに訪れ、服装を正して最敬礼することが定められていたものです。

こちらは土間の床に掘られた防空壕です。
内部の構造については手前の模型で紹介されています。

こちらは戦中の一般の家の中です。
電球は黒い布で覆われ、光が漏れないようにされています。

こちらは防空壕を再現したものであり、実際に横から入ることができます。

こちらは爆撃を受けた釣鐘です。

あれだけの金属の塊がこのようにひしゃげてしまうほどの威力があるわけです。
空襲の恐ろしさが伝わってきますね。

こちらは焼夷弾の跡です。
焼夷弾は木造建築が主だった日本家屋攻撃にはぴったりな爆弾ではありましたが、実は角柱系のその爆弾そのものが人を殺傷する兵器でもありました。
上空からすさまじい勢いで焼夷弾が落ちてくることで、人にあたると即死させたり、体を欠損させたりするほどの恐ろしい平気なのです。

こちらは1トン爆弾です。
こんなものが上空から・・・、想像もできないですね。
大阪では、こういった1トン爆弾の不発弾が何度か見つかっているようです。

いかがだったでしょうか。
今回は展示の一部を見ていきましたが、ピースおおさかではしっかりとした説明資料展示が同時になされているため、一つ一つの展示物についてしっかりと理解を深めることができます。
実は大阪城公園内にあるというアクセスの良さがあるので、大阪城や大阪歴史博物館などと一緒に訪れるのがおすすめのコースとなっています。