711【マレーシア紀行】ポルトガルによって築かれ、かつてはセントポールの丘を取り囲むほどの広大な城壁だった『サンチャゴ砦』

世界の世界遺産(World Heritage)
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マレーシアのマラッカ
前回、セントポールの丘の上に立つセントポール教会について取り上げましたが、今回はその丘のふもとに建つとある建物についてです。
マラッカの中でもちょうど中心あたりにあるこの建物は、こじんまりとしていますが、その風格からは長い歴史を感じさせられる、とても印象に残る建物です。
そう感じるのも納得であり、なんと500年以上もの歴史をもつ建物なのです。
この建物の名を、サンチャゴ砦といいます。

砦、と聞くと重々しい感じもしますが、実際このサンチャゴ砦は戦いのために築かれたものなのです。
マラッカで戦い!??
そうなんです。
いまでこそ穏やかな感じのする街なのですが、海上交通の要衝であったこの街をめぐっては、長い歴史の中で争いが繰り広げられた過去があるのです。

ではこのサンチャゴ砦。
どういった経緯で造られたのか、マラッカの街の歴史と共に紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • こじんまりとしたマラッカの中心にあるサンチャゴ砦。しかし、そこには壮大なスケールの歴史があったのです。

マラッカについての記事です。

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サンチャゴ砦

サンチャゴ砦は、マレーシアのマラッカの中心部にあるこじんまりとした建物です。
別名ファモサとも地元では呼ばれています。

この建物ですが、1511年にポルトガルの軍によって造られた、500年以上もの歴史がある建物です。
なぜポルトガルが?となると思いますが、そこにはマラッカが経てきた歴史があるのです。

マラッカはその位置関係からもわかるように、大航海時代には東南アジアに侵出するための要衝の場所にあったことから、ヨーロッパの国々が渇望する場所でした。
マラッカには、14世紀末にマラッカ王国が誕生し、東西貿易の中継港をもつ都市として、繁栄を極めた町でした。
ところが、早くからヨーロッパ各国から目をつけられていたマラッカには、1511年にポルトガル軍が侵出し、マラッカ王国スルタンの軍を撃破し、マラッカ王国を支配下に置かれます。
支配下に置いたものの、他にもマラッカを狙っている国はたくさんありました。
特にオランダは、虎視眈々とマラッカの支配権を狙い続けていたのでした。
そこでポルトガル軍がマラッカを占領するとともに、オランダからの攻撃を防ぐために建設され、翌年に完成したのがこのサンチャゴ砦でした。
今でこそ町の中心あたりにあるサンチャゴ砦でしたが、建造当時にはマラッカ海峡の海が目の前に広がる場所に建てられた、まさに敵の攻撃や上陸を最前線で食い止めるための設備として築かれたのでした。

今ではその一部のみが残るサンチャゴ砦でしたが、当時のサンチャゴ砦は5階建ての砦であり、セントポールの丘を囲ってしまうほどの規模の壁をもっていた砦なのでした。
またそこには4つの塔が建てられており、そのうちの一つは60mもの高さがあったのだそうです。

ポルトガル軍によって築かれたサンチャゴ砦でしたが、マラッカがその後1641年にオランダに占領されると、砦自体は破壊されてしまいますが、要塞の外壁は外敵からマラッカへの攻撃を防ぐために活用され、補強されます。
また門も改修され、その際にオランダ東インド会社のロゴが門のアーチ状に刻まれました。

さらにその後、1807年にイギリスによって支配されると砦のほとんどは破壊されてしまいました
現在残っているのは、破壊されてしまった砦の中で唯一破壊を免れた砦の門の部分になります。

また、他にも欧米列強のからマラッカへの攻撃を防ぐための砦が築かれていたそうですが、現在はこのサンチャゴ砦の一部が残るのみとなっています。

現在は一部分だけが残るサンチャゴ砦ですが、その内部に入ることができるようになっており、通り抜けるとセントポールの丘の上に向かう階段につながっています。
その先には、以前紹介したセントポール教会がそびえています。

今もサンチャゴ砦の前にはポルトガル軍が設置した大砲が置かれています。

アクセス

オランダ広場から南に200mほどのセントポールの丘のふもとにあります。

サンチャゴ砦に行ってみた

それではサンチャゴ砦に行ってみましょう。

こちらが現在残るサンチャゴ砦の門の部分になります。
ここ以外の場所については現在は残されていません。

サンチャゴ砦の入り口上部には、彫刻が施されていますが、この彫刻はポルトガル軍がここを建造したときに彫られたものではなく、後年になってオランダによって彫られたのだそうです。

内部は通り抜けでき、セントポールの丘に続く階段に出ます。
中では、上の写真のように露店が出ていたり、楽器の演奏が行われていたりと、人々の憩いの場になっています。

ここからは大砲もよく見えますよね。

こちらはサンチャゴ砦の裏側の、セントポールの丘に続く道です。
ここを登っていくと、以前紹介したセントポール教会へと行くことができます。

いかがだったでしょうか。
マラッカの街は見どころがほとんど集まっているので、流れるようにそれぞれの見どころを巡っていくことができます。
今回のサンチャゴ砦は、その中でも中心部にあるため、ここを起点にして史跡や博物館などに訪れることになるでしょう。
スタダイスなどと共に、マラッカの中でも最も有名な場所の一つですので、ぜひ実際に訪れてその歴史の深さを感じてみてください。