763【インドネシア紀行】東ジャワスラバヤ・マドゥラ・グレシックの名産品、天然塩を作る『塩田』

食巡り(Food/Makanan)
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インドネシアはジャワ島
その東端にあるインドネシア第二の都市スラバヤ
そのスラバヤの北側にはマドゥラ島という大きな島があります。
このマドゥラ島では、米作りに適した土地が少なく、なかなか農産業が定着しなかった場所でした。
その代わりにマドゥラ島で定着したのは、海に囲まれていて、年中暑い気候であることを生かした塩田による塩作りでした。
マドゥラ島を上空写真などからよく見てみると、緑色などをした田畑に紛れて白色の田がたくさんみられます。
これが塩田なのです。

伝統的にこのような塩田作りが行われていたマドゥラ島でしたが、このマドゥラ島で製塩業を営んでいた人々は、対岸であるスラバヤにも土地を求めてやってきます。
スラバヤやその北側にあるグレシックなどでも、移り住んできた人々は製塩業を始めます。
今回はこの地域の隠れた名産品である塩田による塩作りについて紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 東ジャワの名産品である塩。伝統的な製法で今も作り続けられている塩田による塩作りを見に行ってみよう。

東ジャワに関する記事です。

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スラバヤ・マドゥラ・グレシックの『塩田』

インドネシアのジャワ島、東の端にあるスラバヤそしてグレシック
さらにその北にあるマドゥラ島には、古くから伝統的に行われている産業があります。
それは、海に囲まれたこの地域ならではの産業である塩田による塩作りです。
塩田に海からの海水を引き込み、インドネシアの暑い気候の元、時間をかけて少しずつ水分を蒸発させていきます。
徐々に結晶化していく塩は、海のミネラル成分がたっぷりと含まれており、その味はただ単に塩辛いだけではなく、複雑な味が絡み合って、独特のうまみをもっています。

そんな塩田ですが、海沿いの沿岸地域に広がっていると考えることでしょう。
実際、海からは近い所に広がってい入るのですが、完全に沿岸にあるというわけではなく、大体海から5km以内のあたりに広がっています。
海から塩田が集まっている地域に向かって人工的な河川が引き込まれ、そこから海水を引き込みます。
引き込まれた海水は、広大な塩田に引き込まれ、1週間ほどの時間をかけて塩をつくっていきます。

非常に伝統的な作り方であり、とにかく時間がかかる作業ではありますが、自然由来のミネラルたっぷりのできあがった塩は、多くの工業製品や、一般家庭で消費されるために出荷されます。

では、そんな伝統的な塩作りとはどのような方法で作られているのかを、写真と共に紹介していきましょう。

アクセス

東ジャワのスラバヤグレシック、そしてマドゥラ島の位置関係は、上記のようになっています。

スラバヤ・グレシックの塩田での塩づくり

それではスラバヤ・グレシックの市の境あたりにある塩田に行ってみましょう。
今回訪れた塩田は、具体的にはスラバヤ市の東端あたりに位置する塩田であり、すぐお隣にはグレシック市が広がっています。
このあたりは塩田での製塩業が非常に盛んな地域なのです。

スラバヤの東端の地域にやってくると、道路からもちらほらと塩田が見えてくるようになってきます。

遠くに塩の山ができているのが見えるでしょうか?
このエリアにやってくるととにかくたくさんの塩田が両側に広がっているのが見えてきます。

たくさんの塩が見えますよね。
1回の塩の収穫では、1つの塩田からは大体5~10トンほどの生産が可能なのだそうです。
1週間ほどでこれだけの潮が生産されているというのは、この地域の暑い気候がいかに塩作りに適しているのかがわかりますね。

出来上がった塩は、このように袋詰めされて出荷されます。
機械で行われているのではないようであり、人の力がとにかく重要な作業の数々です。

道路わきにも塩の入った袋が並べられていました。

そして、今回見学させてもらった塩田に近づいてきました。

こちらがその塩田です。
塩田は、10個ほどに区画されており、引き込んだ海水の塩分濃度によって区切られています。
上の写真に写っている塩田は収穫間近の塩田であり、真っ白に見えているのが全て塩が結晶化したものです。

近年は、塩田にビニールシートを敷いて行うことが主流になってきており、水分の蒸発効率が非常に高まったのだそうです。

近づいてみてみましょう。

一つ一つの粒が大きい塩ができていました。

ここでの塩作りは、非常に伝統的な製法が用いられており、上の写真のように一つの塩田から次の塩田に水を写すときには風車が使われています。

こちらはまだ塩分濃度が低い塩田です。
まだまだ海水のままですね。
ここで水分を蒸発させて、塩分濃度が高まっていくと、次の塩田に移されていきます。

そんな塩分濃度を測る道具がこちら。
筒の中に海水を入れ、目盛りがどれだけ浮かび上がるかによって塩分濃度を測定することができます。

上の写真を見てみると、左下にある塩田と、左上にある塩田とを比べると、塩の出来上がり具合がよくわかることでしょう。

それでは川の取水口近くに行ってみましょう。

こちらが海から海水を引き込んでいる川です。
同じく風車を用いてその川から手前にある塩田に海水を引き込んでいます。

引き込まれた海水は塩田へと送り込まれ、先ほど紹介したように塩分濃度に応じて、順番に次の塩田、次の塩田へと移されていきます。

塩田は簡易な土手で囲まれていますね。

最初は少し濁っている海水ですが、濾過の効果もあるようであり、徐々に透明度も上がっていきます。

これらの写真のように塩田と塩田の間は簡単にせき止められているだけのようなところもあります。
全く機械化されておらず、伝統的な製法が使われ続けていますね。

それでは、塩田の光景を少しご覧ください。

出来上がった塩はこのように集められます。
あとは出荷を待つのみですね。

帰り道に別の塩田にも行ってみました。

こちらはさらにたくさんの塩が出来上がっていました。

このように塩田での塩作りが盛んな地域ではあるのですが、インドネシアでは10月~4月頃は雨季になります。
雨季になると、このエリアは頻繁にバンジール(洪水)に見舞われるため、塩作りを行うことはできなくなってしまいます。
そのたけ、乾季の間に毎週のように塩作りが行われ続け、毎年平均では100~200トンほどの塩を生産し続けているのだそうです。

いかがだったでしょうか。
最初、塩田というだけあって、海岸で作られているのかなあと考えていた塩田でしたが、実は少し内陸のあたりで作られているというのが意外でした。
日本でも塩田はありますが、海岸で行われているのがほとんどなので、塩一つとってみてもいろいろな作り方があるのだと驚いたものです。
このように伝統的に作られる塩は、そのまま利用しても、料理に利用しても、豊かな味を私たちに届けてくれます。
インドネシアに訪れた際は、ぜひこの伝統的な製法で作られた塩を探してみてはどうでしょうか。