785【人物あれこれ】今もなお奥の院にて生き続けるとされている伝説の人物『弘法大師 空海』

人物あれこれ(Person)
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長く仏教が根付いてきた日本。
その歴史の中には、数々の仏教僧たちがその教えを広めるとともに、独自の考え方を深めていった歴史があります。
そのため、インドで興った仏教ではありますが、日本独自の宗派も数多く誕生し、今では人々の生活の一部ともなっているのです。

そんな日本の仏教界の中で、今もなお伝説の人物として語り継がれ続けてきているのが、弘法大師 空海です。
映画や書籍でも話題になったりと、現代でもなおその知名度は抜群の人物なのですが、実際にはどのようなことを行った人物だったのでしょうか。

今回はこの弘法大師 空海について調べてみることにしました。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 今もなお高野山に生き続けている弘法大師 空海。この人物が残した功績とは何だったのでしょうか。

弘法大師 空海

弘法大師 空海は、平安時代初期に生きたそうであり、日本仏教の一派である真言宗の開祖です。
社会の学習でも、天台宗の開祖である最澄と共に、必ずその名前が出てくるほどの人物です。
また、和歌山県の高野山に一大宗教都市を築き、そこにある墓域である奥の院の最も奥には空海の御廟があり、今もなおそこに空海が生き続けていると信じられています。

そんな空海なのですが、生まれはなんと現在の四国、香川県であったのだと伝えられています。
しかもその生まれは地方豪族の一族の中に誕生したのでした。

その後、奈良の平城京に移った空海はそこで学問を学び、さらには京に移り住んでさらに勉学に励むようになります。
四国や和歌山などの山奥で修行を行ったり、奈良などの寺院で仏教の多くを学んでいた空海でしたが、その中で密教の経典に出会います。
空海はこの密教の教えをより理解するために、優れた師を求めて唐に行くことを決心します。

長らく学問にはげんだ結果、様々な知識や語学の面で優れた力を持っていた空海は、遣唐使の留学相当して唐にわたります。
この時には最澄も同じく唐に渡ったのだそうです。

入唐した空海は、中国の長安で密教について学びます。
ここで空海は、高僧であった青龍寺の恵果に師事することになります。
長安に入った空海は、ここで密教はもちろんのことながら、その理解のために必要なサンスクリット語なども学び、最先端の知識や技術を学んでいきました。
しかし、恵果と出会ってわずか6か月の後、恵果は入滅されます。
その際に空海は、全ての弟子を代表して、同氏の碑文を起草するまでになっていました。

空海は約2年間の留学を終え、数多くの経典や仏画などをもって中国から帰国します。
最初は、朝廷から入京の許可が出なかったため、数年間九州大宰府にて入京の許可を待つために滞在することとなります。
約2年半ほど足止めをくらったものの、後に京に入ることが許さまれます。

そこから10年ほど、修禅の場として朝廷より許可を得ることができるように活動をしますが、ようやく許可を賜り高野山の開創に着手し始めます。
約4年間余りを高野山中心に過ごした空海は、その後は京にある東寺を賜ることになり、ここを真言密教の道場としました。
空海は、東寺を密教の根本道場として置き、高野山を修禅の場として真言密教の普及に努めました。
さらには、東寺のすぐ東に、日本でも最初の庶民に対して教育を施す機関である綜芸種智院を開き、教育の機会をあらゆる人々へと開いたのでした。
この綜芸種智院は、後の種智院大学および高野山大学へとその流れが受け継がれています。

そんな空海でしたが、東寺での長い生活から高野山にその居を移します。
そして、高野山にて承和2年(835年)に、病気のため高僧の死を意味する入定されることになります。
空海が没した後、後の世の醍醐天皇から弘法大師の諡号が贈られることとなります。
なお、空海はこのような経緯で62歳でこの世を去っているのですが、真言宗では弘法大師は入定したのではなく禅定に入っているものとされています。
そのため高野山奥之院にある空海御廟にて今もなお健在であるとされており、毎日空海のための食事が用意されているのです。

空海はこのように真言宗の開祖としてだけではなく、書家や一流の文人としても数多くの功績を残しています。
また、この空海が由来であるという伝説が各地に残されていあり、ことわざや慣用句の中に”弘法”とあるものがあったりと、そのこともこの人物の神秘性を現代にまで受け継いでいるのです。

いかがだったでしょうか。
色々な史跡をたどってみると、この弘法大師 空海の名前をよく耳にします。
あらゆるところに様々な伝説を残していったこの偉大な人物。
日本の仏教の歴史を大きく前に進めた人物なのです。
今もな弘法大師が生き続けているとされる高野山奥之院。
ここに入ると感じられる独特な神聖な空気は、ここに行かなければ感じることができません。
ぜひ、奥之院に足を踏み入れて、ここの神聖な空気を実際に体感してみてはいかがでしょうか。