869【人物あれこれ】江戸時代。海の外の国で国王にまで上り詰めた日本人がいた『山田長政』

人物あれこれ(Person)
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今でこそ、自由に世界各国に飛び出すことができるようになった時代ではありますが、かつて大昔にも日本から世界の国々へ渡った日本人は数多くいるわけです。
そして、渡った先の国で多くの功績を残した人たちもたくさんいます。
今回紹介していた人物も、江戸時代に生きていた人物であるのですが、その当時に現在のタイに渡った人物なのでした。
しかも、タイに渡りそこの日本人町で単に暮らしていただけではなく、この人物はとんでもないことを成し遂げているのです。

それはなんと、日本から遠く離れたこの地で、王にまでのぼりつめた人物なのです。
他国からやってきた人物がその地域に深く入り込み、ましてや王にまで成り上がってしまう。
それはいったいどういうことがあったのでしょうか?
その人物は山田長政といいます。

この人物が行ったことを少し聞いただけでも、一体それがどのような人物だったのか、非常に興味がわいてくるのではないでしょうか。
今回はこの謎の人物、山田長政について紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 時は江戸時代。遠く離れたタイの地で王にまでなった人物とはどのような人物だったのでしょうか。

山田長政

山田長政とは、1590年に生まれ江戸時代前期に活躍した人物です。
生まれは日本であるものの、この人物が活躍したのはシャム(現在のタイ)の地でした。
静岡に生まれた山田長政でしたが、20代前半にはシャムに渡っています。
このときに、日本をわざわざ離れてシャムに渡った理由は明らかにはなっていませんが、時代は太平の世である江戸時代。
戦国の世のように下剋上もなく、自らの力だけではのし上がることが難しい時代にあったからこそ、大きな志をもって海を渡ったということは間違いがないのかもしれません。

当時のシャムの中心都市はアユタヤ
すでに中国やヨーロッパなど世界各国から訪れた来ていた人々が暮らしていたアユタヤ。
もちろんそこには日本人たちが住む日本人町も存在していました。
そこには同じように日本からシャムに渡ってきた3000を超える人々が生活していたと考えられています。
そんな異国の土地で山田長政は、日本とシャムとの間の貿易を間を取り持つ役割で積極的にその手腕を発揮していました。
めきめきと頭角を現していった山田長政は、その日本人町の頭領ともなります
また、日本との交易はシャムの王室に対して莫大な利益をもたらす結果となり、シャム王室からも一目置かれる存在となっていきます。

また、山田長政の才能は証人としてだけではなく、武の面でも目を見張るものがあります。
当時シャムに攻め込んできた、世界最強のスペイン艦隊に対して2度の勝利を得て、王朝を守るという役割にもその手腕をいかんなく発揮します。

そんな稀有な人材であった山田長政に対しては、シャムの国王であったソムタムからも信頼が厚く、国王の王位継承問題にまで影響力を持つようになっていきます。
しかし、ソムタムが亡くなると、その後継者を巡る王位継承のごたごたに巻き込まれます。
摂政であったシーウォーラウォンとともに、自分たちの野望を実現していこうとしますが、最終的にはシーウォーラウォンの策謀にはまってしまいます。
そして左遷させられる形ではあったものの、山田長政はシャムの一都市であったリゴールの王として、一国を任される立場にまでのぼりつめたのです。

遠く異国の地で一国の王にまでなってしまった山田長政ではありましたが、マレー系のパタニ王国との戦いの中で足を負傷した際に、毒入りの薬を塗られたことによって毒殺されたと言い伝えられています。
山田長政のたぐいまれな才能を恐れたうえでのことだったのでしょう。
また同年には、日本人に反乱の疑いが欠けられたことによって、アユタヤにあった日本人町は焼き尽くされてしまいました。

そんなアユタヤ王朝も、国の中に対外勢力が多く入り込んできたことによって政情が不安定になり、18世紀中ごろにはビルマ軍の猛攻で破壊され、アユタヤ王朝は終わりを迎えます。

1938年には、もともとアユタヤ日本人町があった跡地には、旧日本海軍によって山田長政を祭神とする山田長政神社が建立されましたが、その姿も今では見ることはできません。
かつて日本人町があったとされる石碑が残されるのみとなっていますが、タイと日本との友好を記念した公園が設置され、2007年には記念館が設立されたことにより、数々の資料によって、日本とタイとの裕子の歴史を見ることができる施設、アユタヤ日本村となっています。

いかがだったでしょうか。
大きな志をもち、海を渡り、国を代表する人物たちから信頼を得て、その王位継承にまで大きな影響力を持つまでに至った人物。
これほどの大きな能力をもった人物がいたということに驚きですよね。
日本国内も、世が世なら日本国内で名を大きな名を残すような人物になっていたかもしれません。
今でもタイのアユタヤ近郊では、山田長政と日本人町にまつわる史跡が残されています。
バンコクからも比較的簡単に足を運べるアユタヤで、はるか昔の日本人の痕跡をたどる旅というのも面白いかもしれませんね。