871【旅ノウハウ】日本の伝統、百人一首。その舞台となった場所を巡ってみる旅というのはいかがでしょうか①(01~20)

旅のノウハウ(Travel)
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「世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも」
これは百人一首の一つであり、鎌倉時代に詠まれた和歌です。
これを読んだ人物は、鎌倉右大臣
実はこの人物、2022年現在放映されている大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場するとある人物のことなのです。
その人物とは、鎌倉幕府三代将軍の源実朝

このように歴史を彩る人物たちの和歌が100首集められたのが百人一首です。
百人一首が詠まれた時代は、飛鳥時代から鎌倉時代。
今では誰でも知っているこの百人一首はこれらの時代に応じて、その多くが近畿圏、現在の京都や奈良を中心に詠まれたものとなっています。
その中には、その和歌が詠まれた場所について表されているものも多くあります。
では、和歌に詠まれた場所を見に行ってみるという旅はどうでしょうか。
実際にその場所に行ってみて、その場所の風景を見ることによって、和歌を詠んだ歌人がその場所でどのように感じ、表したのかということがもしかしたら伝わってくるかもしれませんね。

今回はそんな古き良さを知る旅、百人一首を巡る旅はどうだろうか、ということについて書いていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 長い時を超えて詠み人と気持ちを重ね合わせる。和歌に詠まれた場所は、現在ではどうなっているでしょうか。

百人一首を巡る旅の記事です。

927【旅ノウハウ】日本の伝統、百人一首。その舞台となった場所を巡ってみる旅というのはいかがでしょうか②(21~40)
歴史を彩る人物たちの和歌が100首集められたのが百人一首です。飛鳥時代から鎌倉時代に詠まれた百人一首の歌の数々には、実際の京都や奈良の場所を表したものがに詠まれています。今回はそんな古き良さを知る旅、百人一首を巡る旅はどうだろうか、第二弾について書いていきたいと思います。

百人一首を巡る旅

百人一首とは、13世紀に成立した秀歌撰であり、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけた活躍した藤原定家によって選ばれた和歌集です。
古くは飛鳥時代の天智天皇から、鎌倉時代の順徳天皇まで、それぞれの時代を代表する100人の歌人による優れた和歌を一首ずつ選んでいます。
その百人一首の詠まれた時代は、まだまだ近畿圏が中心だった時代。
詠まれている和歌の中には、今もなお残る風光明媚な場所が数多く読まれているのです。
となると、めぐって見たくなりませんか、その場所を。
そして、感じてみませんか、詠み人が感じた気持ちを。

では、百人一首に詠まれている場所にはどのようなものがあるのでしょうか。

02 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山

早速出てきました、この和歌詠まれている天の香具山
香具山とは現在の奈良県橿原市にある山であり、天から降りてできたという伝説があることから天の香具山と呼ばれています。

04 田子の浦に打出でてみれば 白妙の ふじの高嶺に 雪は降りつつ

ふじの高嶺とはその通り富士山の山頂あたりのこと。
その富士の山頂に雪が積もる様子を、現在の静岡県駿河湾付近の海岸、田子の浦から眺めた和歌です。
この場所から遠くに見えた冬の富士山は、さぞ感動を誘う景色なのでしょう。

07 天の原 ふりさけ見れば 春日なる みかさの山に 出でし月かも

この和歌は、作者の阿倍仲麻呂が、遠く中国の地で故郷である日本を思って読んだ和歌です。
ふるさとの奈良にある、現在の春日神社付近にある三笠山に出ていた月を思い出して、故郷を懐かしむ和歌なのです。
阿倍仲麻呂のふるさとへの思いは、その後かなえられることはなく、中国の地で人生を終えることになったのでした。

08 わが庵は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり

詠み人である喜撰法師が突然出家したことについて、いろいろと周りの人々は噂をします。
うわさでは、つらいことがあったから法師は、現在の京都の宇治市の東にある宇治山にこもっていたのではないかと言われていました。
しかし、実際にはすがすがしい気持ちで山に住んでいるということを和歌によって表現しているものとなっています。
この和歌があることで、宇治山は喜撰山とも呼ばれています。

09 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関

逢坂とは現在の大阪のことではありません。
この場所、逢坂の関は、現在の滋賀県大津市にあって、滋賀県と京都府を隔てていた関所なのでした。
この和歌では、逢坂の関で様々な人々がそれぞれの目的をもって慌ただしく通り過ぎていく様子を表しているのです。

13 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

現在の茨城県にある筑波山は、山頂が男体山と女体山の二つの峰に分かれている山です。
そしてその両方の峰から流れ出る水が合流して男女川(みなのがわ)となります。
この筑波嶺の様子を、恋心に重ね合わせて詠まれた和歌となっています。

14 陸奥の しのぶもぢずり 誰故に みだれ初めにし 我ならなくに

東北地方の太平洋側の地域、陸奥(みちのく)
この地域で作られる布のしのぶもじずりの模様のように、恋によって心が乱れる様子を表している和歌です。

16 立別れ いなばの山の 峰におふる まつとし聞かば 今帰り来む

この和歌に詠まれているいなばの山とは、鳥取県にある稲羽山のことです。
作者である中納言行平は、仕事のため因幡の国に赴任します。
早くふるさとに帰りたいものの、帰れない現実があるため、その心の寂しさを和歌に詠んだものとなっています。

17 ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 から紅に 水くくるとは

現在の奈良県の龍田川は、もみじの名所として古くから有名な場所です。
当ブログでも紹介した道の駅へぐりの裏側を流れているのがその川です。
もみじが散って、それが浮かぶ風流な川の様子を詠んだ和歌なのです。

18 住の江の 岸による浪 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ

住の江とは旧摂津国住吉、現在の大阪市住吉区のことです。
この地域は、かつては海岸線があった地域であり、その住の江の海岸による波を見て、あえない恋のつらさを表しています。
残念ながら、現在海岸線は遥か西に移動してしまったため、この風景を見ることができなくなっています。

19 難波潟 短き葦の ふしのまも あはでこの世を すぐしてよとや

難波潟とは、現在の大阪湾の一部を指しています。
現在の大阪湾とは違い、もっと内陸部にまで広がっていた大阪湾の難波潟は、葦が生い茂っていることで有名な場所でした。
そんな短い葦を見て、この短い葦のようにほんのわずかの間だとしても、愛しいあなたに合わずに過ごすことができようか、という失恋したときの悲しみを表現した和歌なのです。

20 侘びぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても 逢はむとぞ思ふ

ここでもまた現在の大阪である難波の海が登場します。
この和歌で注目してほしいのは、『身をつくしても』という箇所。
これは、船に推進を知らせる目印の杭である「みおつくし」と、命を懸けるという「身を尽くし」が掛言葉として使われています。
これもまた情熱的な恋心を詠んだ和歌なのです。

いかがだったでしょうか。
今回はここまでとしたいと思います。
ここまでだけでも、数多くの場所が詠まれていることに気付いたでしょうか。
また、場所を自分の気持ちとリンクさせながら読んでいるのが特徴ですね。
なかなか表現しづらい人間の気持ち。
それを、上手に自然の風景で表現する。
百人一首の奥深さを感じさせられますね。

百人一首はまだまだあります。
第二弾を乞うご期待ください。