880【インドネシア紀行】インドネシアのジャワ島の東西をつなぐ夢の鉄道だったインドネシア新幹線。しかし、その実現は夢と消えるかも・・・

インドネシア(Indonesia)
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世界的にも巨大な人口を抱える国、インドネシア
1万を超える島々を抱えるこの国ですが、その中でもほとんどの人々が一つの島に暮らしています。
その島とは、インドネシアの現在の首都であるジャカルタを抱えるジャワ島です。
あまりにも人口のほとんどがジャワ島、そしてジャカルタに一極集中しすぎているため、経済的にもかなりの弊害が見られるようになってきています。

そして、ジャワ島内の移動手段もローカルな鉄道もしくは、自動車だけに限られているため、人口の流動性も限られていることからも、ジャワ島内をもっとスムーズに移動するための手段が模索され続けてきました。
そこで脚光を浴びたのは、ジャワ島内を高速で移動する新幹線プロジェクトです。

新幹線といえば日本。
そうです日本の出番なのです。
・・・のはずだったのです。
日本の新幹線で決まるかと思われていたインドネシア新幹線。
それがなぜか、中国製新幹線として開業を迎えようとしているのです。
なぜこんなことになってしまったのか?
それには、中国のしたたかな作戦と、インドネシア政府のその場限りの安易な策に乗ってしまった経緯があったのでした。

今回はこのインドネシア高速鉄道計画について書いていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • インドネシアのジャワ島を東西に結ぶ夢の計画。しかし、工期も費用も夢と終るかも・・・。

インドネシアの都市に関する記事です。

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インドネシア高速鉄道計画

インドネシア高速鉄道計画とは、インドネシアのジャワ島にある首都であるジャカルタから、南東にあるバンドン、そしてジャワ島東部にあるスラバヤへの約700kmを結ぶインドネシア新幹線計画です。
この計画が表面化したのは2000年代後半。
そしてこの計画に対して手を上げたのが日本および中国でした。

当初は日本が有利だといわれていたこの計画。
早々に現地調査を行い、円借款の低金利融資によって高速鉄道建築を行う日本の提案は有利に進み、もはや日本案で進められることが既定路線と考えられていました。

ところが、その最中に、大統領がジョコ・ウィドド氏に代わります。
そして、そのタイミングで中国が受注競争に参入。
日本有利だった高速鉄道計画に暗雲が立ち込めます。
費用面で妥協ができないジョコウィ大統領のもとに、中国は自国の案を提出します。
しかしその計画は、わずかな期間の現地調査の実で完成した報告書でした。
その内容は日本が現地調査した内容などがほとんど。
どこかから日本の調査結果が流出したかのようでした。
また、その開通も日本が2023年と提示していたのに対して、2019年には開通できるというものでした。
さらには、インドネシア政府からの財政支出や債務保証を必要としない中国案に安易にインドネシア政府は飛びついてしまい、結果的に中国案を採用してしまうに至ったのでした。

しかし、そこからおかしな事態が始まります。
2019年に先行開通させるジャカルタ-バンドン間ではありましたが、いつまでたっても工事は開始しません。
また、2017年段階においても土地収用が完了できていない区間があり、工事お本格着工も行われません。
そして開通予定だった2019年。
インドネシア政府は開通が2024年以降になる可能性を示唆し始めます。

工事はさらに難航し、工事の進捗に伴った環境面への影響と、周辺住民からの苦情の数々。
そして、2020年からなお新型コロナパンデミック
そういった数々の苦難を乗り越え何とか2022年末には工事は完了するのではないかという段階にまでやってきました。
ところが、この大幅な工事の遅れは費用面にも直結し、当初予定していたコストの1.8倍近いコストになろうかとしています。

結局中国案を選んでしまった挙句に、予定していた工期も、安く締結できたと思い込んでいたものの予想以上のコストになってしまっている費用面も。
そして、インドネシアの公共インフラに中国の大きな力の侵入を許してしまった面も。
あらゆる面で負の遺産を残してしまう結果となってしまったのでした。

インドネシア高速鉄道計画は、この後、バンドンからさらに延伸し、東ジャワ州のスラバヤまでの延伸することが予定されています。
中国とのやり取りによって手痛い目にあわされたインドネシアは、日本に再びすり寄ってきます。
しかし、多額の費用をかけて現地調査を行ったにもかかわらず、あっさりと手のひらを返し中国になびいてしまった過去を持つインドネシアに対して、日本は後ろ向きの回答しか行いません。
今後開通するジャカルタ-バンドン間のみの営業運転では、採算は取れると考えてはいないため、このまま営業を開始するとその運営は数年で経営破綻に陥ると考えられています。
経営破綻し、費用が返せないとなった時、中国はこの高速鉄道の所有権もろもろインドネシアに進出してくることは目に見えています。

インドネシアは進むも地獄、止まるも地獄の状況に置かれてしまったのです。
これが中国側の目論見であり、今後インドネシア政府は難しいかじ取りを強いられることになっていました。

いかがだったでしょうか。
無難に日本案に決めておけば、工期も費用も、今後の高速鉄道の運営権も、インドネシアが将来大きく成長していくためにプラスになったことでしょう。
しかし、目先のことだけを考えて決断してしまった挙句、インドネシアは今後苦しい状況に陥ってしまいました。
これと同じようなケースが他の国でも起きています。
目先のことだけでいいのか。
今後何十年、何百年のことを考えてのことなのか。
改めて国のかじ取りの難しさと、世界に対する中国の影響の大きさを感じさせる事案ではないかと思いました。