888【北海道紀行】根室半島チャシ跡群の中では最もよく整備され、訪れやすいチャシ『ヲンネモトチャシ跡』

百名城/続・百名城(Castle)
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日本百名城の登録ナンバー001である北海道の道東、根室にある根室半島チャシ跡群
他のどの百名城からもはるかに離れた場所でることから、1番でありながら、1番行きにくい所にある百名城でもあるのです。

チャシについては、かつてのアイヌの人々が、砦として造っていた場所であるということは別記事で紹介済みです。
北海道全島ではなかなかの数のチャシがあったことが確認されているのだそうですが、その中でも根室半島には多くのチャシがあったのだそうです。
そして根室半島チャシ跡群として登録された中に含まれるチャシは全部で24か所あります。

ところがそのほとんどは現在立ち入ってみることができません。
24か所の中でも人が入れるように整備されて公開されている場所はわずかとなっています。
その中でも、日本最東端の納沙布岬からも近く、きちんと整備されているためにチャシ跡に訪れる人々のほとんどが訪れる場所がヲンネモトチャシ跡です。

今回は、根室半島チャシ跡群の中の、ヲンネモトチャシ跡について紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • さあ実際にチャシに踏み入ってみましょう。わずかに残るチャシの痕跡をたどってみよう。

根室半島チャシ跡群の記事です。

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根室半島チャシ跡群 ヲンネモトチャシ跡

根室半島チャシ跡群は、日本百名城に登録されている日本の城跡です。
ここ以外の城跡は一線を画したようなこの場所。
そもそもチャシとは、北海道に住んでいたアイヌの人々が造った砦でした。
砦ではあったもののその役割は多岐にわたっており、見張り場や聖地、祭祀を行う場所としても使われていました。
造られた場所も、根室半島に多く残る海に突き出た崖の部分に造られるチャシもあれば、丘の上に造られたチャシなどもあります。
アイヌ文化全盛だった13世紀から18世紀までの間に北海道内には多くのチャシが造られ、実際に19世紀に入っても人々の生活の中で使われ続けていたのだそうです。

そんなチャシ跡は、現在北海道内で500か所以上が確認されていますが、実際にはもっと数多くのチャシが作られていたのではないかと考えられています。
そして、根室を含む道東地域はこのチャシがかなり多く造られた場所であり、チャシ跡としても32か所が現存しており、その保存状態もかなり良いものとなっています。
根室半島のチャシ跡のほとんどは、オホーツク海、そしてその先の北方領土を臨む河岸段丘上に造られたものとなっています。

このチャシ跡群は18世紀末に当時この地に入ってきていた和人に対して武装蜂起した、クナシリ・メナシの戦いと関連が深い場所として知られている場所です。

その中でもその保存状態の良さを今に残し、多くの訪問者を受け入れられるようになっているチャシがヲンネモトチャシ跡です。
日本最東端の納沙布岬岬からわずか2kmあたりの場所にあるこのチャシ跡は、根室半島に造られた河岸段丘のチャシの形状を良好な形で残しています。
温根元湾に突き出た岬の上に盛り土がなされ、堀をほって区画します。
盛り土の頂上は平坦な面を2か所設け、この場所で数多くのことが行われていたようです。
温根元の漁港からヲンネモトチャシ跡を見上げると、非常に良好に残るその形を見ることができ、まるでお供え餅化のように見えます。

また、このチャシの周辺には竪穴の跡も残されており、古くからこの辺りが人々の利用されてきたことが分かるようになっています。
海を挟んで臨む歯舞群島や国後島へのアクセスの拠点ともなる場所であり、海を渡って交易が行われていたとされる、アイヌ文化を知るための非常に重要な拠点なのです。

アクセス

納沙布岬から西に約2kmのところにあります。

ヲンネモトチャシ跡に行ってみた。

それではヲンネモトチャシ跡へ行ってみましょう。

ヲンネモトチャシ跡入り口にはこのような看板があります。
非常に新しい物であり、これからこの先へと入っていくことにワクワクしましね。
駐車場には車が数台は停められるほどの広さがありましたが、他には特に誰もいませんでした。

なお、ヲンネモトチャシ跡のすぐそばには、温根元野鳥観察舎というものもあるため、そこの案内もあります。

看板に沿って歩いていきます。
訪れたのは8月なのですが、この時期は草が生い茂っており、なかなか歩くのが大変な箇所があったりします。

ここはまだまだ広い道ですが、

段々と道は狭くなっていきます。

駐車場の場所からヲンネモトチャシ跡までは大体200mほどの道を歩いていきます。

この道の向かって右側に、オホーツク文化期という時代の竪穴跡が残されているようですが、かなり生い茂った草むらに入らなければいけないので、簡単に見に行けそうではありませんでした。

遠くに何かが見えてきましたね。

看板が見えてきました。
上の写真の中央あたりに見える小屋が、温根元野鳥観察舎です。
あとでこちらは訪れてみましょう。

そして看板を右に行くとヲンネモトチャシ跡へとつながっています。

海が見えてきました。
温根元漁港です。
温根元漁港側からこのチャシを見ると、非常にその形が良好であることがわかるそうなのですが、チャシそのものにいるとその形はわかりませんw

軽い起伏のある場所を進んでいくと、

ヲンネモトチャシ跡の名前が見えてきました。
階段状になっているところを進んでいくと、

温根元漁港がはっきりと見えるようになってきました。
結構な高さがあります。

堀らしき跡もうっすらと見えます。

道を進んでいくと、丘の頂上部と思われる場所がなんとなくわかりますね。

さらに登っていって、

もうすぐ頂上部です。

頂上部にも案内が立てられていました。

一般的な山城のような登頂の困難さはありません。

チャシの頂上部からは、漁港の様子や崖の様子。
晴れているときには、海の向こうに北方領土の姿を確認することができます。

また、草が枯れてしまう時期には、これらの写真よりもはっきりとチャシの構造の様子が分かるようになるのだそうです。
Google Mapの上空写真で見ると、チャシ跡がかなりはっきりをわかるようになっていました。

帰り際に温根元野鳥観察舎へ寄ってみました。
この小屋の中から野鳥が観察できるように小窓が設けられており、近半島にやってくる珍しい野鳥をここから観察できるのだそうです。

いかがだったでしょうか。
中々百名城の中でも異色の城跡ですが、ここを訪れると勇者ともいわれるほど、百名城巡りでは難度の高い場所です。
しかし、アイヌ文化の様子を今に伝える貴重な遺跡として、行ける機会があればぜひとも訪れていただきたい史跡でした。