892【北海道紀行】街中にポツリと立つ歴史ある教会の建物『根室キリスト教会』

北海道(Hokkaido)
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北海道といえばこのイメージがあるのではないでしょうか。
北海道とキリスト教
特にそのイメージがあるのは、キリスト教的教育が進められた札幌農学校(現北海道大学)。
そして、函館の中でも教会が立ち並ぶ坂の町元町。
こういったイメージが、北海道に何となくキリスト教徒結びつきが深い雰囲気を感じさせます。

実際、北海道が開拓されてまだ100数十年。
未知の地であり、北海道という肉体的にも精神的にも厳しい土地を開拓しに行く人々にとって、心のよりどころは大切なことだった思います。
そういったこともあって、北海道にもキリスト教にまつわる建物が数々残されています。

今回はそんなキリスト教の教会の中でも、根室にある根室キリスト教会について書いていきたいと思います。
が、実際に中に入ったわけではなく、その外観を見たときにかなり歴史を感じさせる建物だなあ、とフィーリングを感じたのが実際であり、なかなかここについての資料は少なかったりするのではありますが、印象に残った建物の写真と共に紹介をしていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 根室にあるひっそりとしたキリスト教の教会。実際、なかなかの歴史をもつこの建物を見に行ってみよう。

これまでの道東の記事です。

997【北海道紀行】根室にある回転寿司店。しかし、根室の回転寿司は、ただの回転ずしではないのです『祭囃子(まつりばやし)』
なーんだ、回転ずしか・・・、と思うかもしれませんが、根室の回転ずしを侮ってはいけません。その回転寿司店は、祭囃子(まつりばやし)と言います。この回転寿司店。根室にある回転寿司店だけあって、大手チェーン店の回転寿司店とは一味も二味も違うお店となっているのです。
985【北海道紀行】すぐ裏手には風連湖を望む道の駅『道の駅 スワン44根室』
今回紹介しているのは北海道の道東にある道の駅です。先日紹介した、道東にある巨大な湖 風蓮湖。この風蓮湖を南側から一望できる場所にある道の駅があるのです。その道の駅とは、道の駅 スワン44ねむろと言います。
975【北海道紀行】知床クルーズの玄関口ウトロにある巨大な道の駅『道の駅 うとろ・シリエトク』
今回紹介しているのは、北海道の道東、知床にある道の駅です。知床峠を挟んで、東にあるのが、道の駅 知床・らうすです。そして、西側にも道の駅が用意されているのです。その道の駅を『道の駅 うとろ・シリエトク』というなんとも不思議な名前の道の駅です。
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958【北海道紀行】日本本土最東端の岬。日本で一番早く朝日が昇る『納沙布岬』
日本本土の中で最も一日で早く日が昇る場所は??太陽は東から登って、西に沈みます。となると、もっとも日本本土の中で東の端になるのはどこかということですよね。地図を見てみてそれがどこになるのかなあ、と探してみると、北の大地にその場所があることがわかるかと思います。その場所は北海道は道東の根室にある、納沙布岬(のさっぷみさき)なのです。
936【北海道紀行】乙女の涙と呼ばれる知床の滝。そこまでの道のりは恐ろしいのですが・・・『フレペの滝』
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931【北海道紀行】北方領土を望む日本の東端、納沙布岬にある『北方領土資料館』
根室を含めた道東の地域には、北方領土に関する施設が数多くあるのです。その中でも今回紹介しているのは北方領土資料館という施設です。この施設は、日本最東端である納沙布岬にある資料館となっており、北方領土のことについて学ぶことができる資料館となっています。
918【北海道紀行】知床半島を横切る横断道路にある、世界遺産知床を望む峠『知床峠』
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916【北海道紀行】ああ知ってる!香川県の…!?ではなく、北海道にある『金刀比羅神社』
全国各地にある金刀比羅神社なのですが、今回紹介しているのは北の端にある北海道は根室の金刀比羅神社です。そして、北方領土にも近いこの金刀比羅神社には、かつて北方領土にあった神社のご神体もここに移され置かれているのです。
915【北海道紀行】「叫びの像」「別海北方展望塔」も隣接する道の駅へ行ってみよう『道の駅 おだいとう』
いずれは北海道と切り離されてしまうのではないかと言われている、ラムサール条約にも登録されている(砂嘴)である野付半島。この野付半島を会場奉公4km先に臨むの野付郡にある道の駅。その道の駅を『道の駅 おだいとう』といいます。 非常にこじんまりとした、不思議な形の道の駅なのですが、この道の駅にある建物は、別海北方展望塔と呼ばれています。
909【北海道紀行】世界遺産知床の入り口にたたずむ、大人気の道の駅『道の駅 知床らうす』
北海道は、知床半島の中ほど。そんな場所に、北方領土の国後島に日本で最も近い道の駅があります。その道の駅とは、『道の駅 知床・らうす』。不思議な名前をしているなあと思いますが、地名です。羅臼という町にあるこの道の駅は、この道の駅を過ぎると世界自然遺産である知床の自然の光景を眼前に眺めることができる知床横断道路の羅臼側の起点となります。
897【北海道紀行】ヲンネモトチャシと共に、きちんと整備されたチャシ跡『ノツカマフ1・2号チャシ跡』
ヲンネモトチャシ跡は非常に整備状況がよく、納沙布岬からも近いことから、観光に訪れる人が多い所ですが、それに次いで整備が進んでおり見やすくなっているのがノツカマフ1・2号チャシ跡です。ノツカマフ1号チャシ跡とノツカマフ2号チャシ跡とが並んだ形になっており、一緒に2つの場所を見て回ることができます。
888【北海道紀行】根室半島チャシ跡群の中では最もよく整備され、訪れやすいチャシ『ヲンネモトチャシ跡』
根室半島チャシ跡群の24か所の中でも人が入れるように整備されて公開されている場所はわずかとなっています。その中でも、日本最東端の納沙布岬からも近く、きちんと整備されているためにチャシ跡に訪れる人々のほとんどが訪れる場所がヲンネモトチャシ跡です。
886【北海道紀行】かつての日本最東端の駅。チャシを巡る旅には立ち寄り必須の『根室駅』
日本で一番東の端にある駅とはどこにあるでしょうか?頭の中に地図が思い浮かんでいることでしょうが、どのエリアが思い浮かんでいるでしょうか?日本最東端の駅とは北海道にあるのです。その駅の名前とは東根室駅という小さな駅になります。ただし、今回紹介するのは東根室駅ではありません。東根室駅が日本最東端の駅となる前に日本最東端だった駅があるのです。
874【北海道紀行】妄想紀行が現実に!!かつてアイヌの人々の拠点だった『チャシ』とは何なのだろうか
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397【妄想紀行】日本百名城の栄えあるNo.1の城跡。しかし、ここへ訪れるのは非常にハードルが高く…『根室半島チャシ跡群』
日本百名城ですが、その城ナンバーの01にある城をご存知でしょうか?北から順番に番号を振られているため、ナンバー01の城は北海道にあります。その名を、『根室半島チャシ跡群』と言います。

根室キリスト教会

明治維新以降に、北海道の地は国策によって大規模な開拓が行われることとなりました。
これだけ広大な地を開拓するためには、それだけたくさんの開拓を担う人々が必要なわけです。
そこで、日本各地から北海道開拓のために多くの人々が北海道に移り住みました。
移り住んだ先には、まだまだ開拓されていない楽園が・・・、などというのは甘い世界。
過酷な気候。
襲い掛かる自然災害。
油断することはできない北海道の生き物。
慣れ親しんだ地や人々との別れ。

様々な理由をもって北海道に移り住んだ人々ではありましたが、その開拓への精神をあっという間に崩してしまうような条件が北海道には数多く待ち構えてきたのです。
そんな人々には精神的な支えが必要でした。
そこで北海道の開拓、そして発展にはキリスト教の影響が少なからずあります。

札幌農学校(現在の北海道大学)では、キリスト教的な道徳教育をもとにした教育が行われ、キリスト教とは切っても切れない関係だったようです。
また、早くから海外に向けて開港された港町である函館には、元町という美しい街並みがあります。
そこには、キリスト教の教会が立ち並び、異国情緒を感じさせる町並みが残されているのです。

そんな北海道にやってきていたキリスト教ですが、道東である根室の地にもやってきていたのでした。

根室キリスト教会は、根室市内中心部に立つキリスト教の教会です。
独特な存在感を持つこのキリスト教教会は、なんと建てられたのが明治19年(1886)であり、なんと140年近い歴史をもつ教会なのです。

この教会はキリスト教でも、プロテスタント教会であり、日本バブテスト同盟の教会となっています。
この根室にて教会の基礎を築いていったのはライス氏という人物です。
元々は主人であるC.H.カーペンター氏がこの地で布教活動を始め、夫婦そろてアイヌの人々に対してキリスト教の教えを伝えるためこの地にやってきました。二人はアイヌの人々に対してキリスト教の教えを伝えるため来日しましたが、来日からわずか後にC.H.直後に亡くなってしまったことで、その妻であるライス氏が根室の地でキリスト教を広めていったのでした。

ライス氏はヤソ(耶蘇=キリスト教およびキリスト教徒)のおばさんとして、その後20年の間、地元の人々からも非常に親しまれていたのだそうです。

建造後まもなく根室の市街地大火にも巻き込まれたこともある根室キリスト教会。
なかなかその歴史のすべてはわからないですが、100年以上もこの根室の町を見守り続けてきたのです。

アクセス

根室駅から北に1.2kmほどの場所にあります。

根室キリスト教会へ行ってみた

それでは、根室キリスト教会へ行ってみましょう。

街中に突然、洋風の建物が現れました。
看板を見てみると、日本バブテスト同盟 根室キリスト教会、とあります。
かなり目を惹く建物なので、見落とすことはそうないかなと思います。

そしてこちらがその建物です。
うっそうと生い茂る草木の中に立つこの教会は、周りの建物と比べても独特の、神聖な雰囲気を醸し出しています。

教会の入り口には沿革が書かれていました。

いかがだったでしょうか。
根室の町は賑やかな町というわけではありません。
この教会のある地域も、かつてはもっとにぎわっていた港町だったのかなあという雰囲気でしたが、現在訪れたときには非常にひっそりとした街並みでした。
長い歴史の中でこの根室も移り変わってきたことでしょうが、その姿を長らく見続けてきたのもこの根室キリスト教会なのです。
根室の町はこのような歴史的な建物や、史跡、碑などが町のあらゆるところにぽつぽつとあるので、そういったものを探して歩き回るのも楽しい町でした。