896【雑記】日本からもそこそこの距離にあり、人気も高そうな立地であるにもかかわらず・・・『パプアニューギニア』

世界のわきみち(World)
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さあ、海外旅行に行こうか。
そんな時にどこの国を選びますか?
ヨーロッパを優雅に旅しますか。
東南アジアをアドベンチャー感たっぷりに旅しますか。
アメリカで有名どころを巡ってみますか。

考えるだけで楽しくなってきますね。
まあ、あまり時間がなければある程度近くを選ぶことも多いのではないでしょうか。
近場といえばアジア。
ところが、この近場なおアジアに行くこととそれほど距離も時間も変わらないにもかかわらず、その渡航先になかなか上がらない国があります。
それが今回紹介しているパプアニューギニアです。

地図で見るとその距離が日本ーインドネシア間ぐらいであることがわかるかと思います。
なにせオーストラリアに行くよりも近いですらね。
そして、なかなかに広い国土であるためにいろいろと見どころがありそうだなあ、と思いますが、身近にこの国に行ったことがあるという人にあったことがあるでしょうか。

今回はそんなパプアニューギニアについて調べていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • その位置関係からもビーチリゾートなのか?と思いきや、その実情がなかなかわからないパプアニューギニアについて調べてみましょう。

パプアニューギニア

パプアニューギニアは正式名称パプアニューギニア独立国であり、インドネシアの東、オーストラリアの北に位置する島国です。
中々に大きな島であるニューギニア島のすべてがパプアニューギニアではなく、島の西半分はインドネシアであり、東半分がパプアニューギニア」の国土となっています。
明らかに2つの名前がくっついたような名前になっていますが、実際その通りであり、パプアとニューギニアとが合わさってできた国なのです。
この島にはヨーロッパの列強が様々な形で侵入してきたことによってこのような複雑なことになっているのです。

島にはかなり古くから人類が生息していた痕跡がありました。
ところが、16世紀の大航海時代にヨーロッパの列強が世界各地に侵出していった際にこのニューギニア島にも数々の列強がやってきていました。
最初にやってきたポルトガル人は、ここをパプアと命名します。
そしてその後に、アジア各国がヨーロッパの植民地と化していく際に、3か国の列強がこの島にやってきて分割統治するようになります。
島の北側は、ドイツによって統治されていた場所でありニューギニアと呼ばれた地域でした。
また、南半分はイギリスによって統治された地域でありパプアと呼ばれていました。
さらには、島の西側の現在インドネシアとなっている部分はオランダによって統治されていました。
そのため、一つの島でありながら分割されているようになっているのです。

そんなニューギニア島でしたが、太平洋戦争時には日本軍による侵攻がありました。
戦後になると、ニューギニア島は西半分に再びオランダが進出してオランダ領ニューギニアに。
さらにオランダ領ニューギニアは西パプア共和国として独立しますが、インドネシアに侵攻されて併合され、インドネシアの一州となります。

東半分では、北部のニューギニアと南のパプアとが統合して、オーストラリアによる委託統治領となります。
その後、パプアニューギニアとして独立を目指し、1975年からは独立した国家として成立します。

現在のパプアニューギニアは、その位置関係からもオーストラリアとの経済的な関係が強く、鉱業の輸出を主として経済活動が行われています。
また、農村部では、ヤシ栽培を中心としてパーム油を主要な輸出品として取り扱っています。

パプアニューギニアには、多様な民族から成り立っており、その部族たちの中でも少数の部族に分かれていることもあり、1000を超える多様な文化が存在しています。
そのために、世界で最も数多くの言語がある国なのです。
しかし、公用語としては英語が用いられており、国家全体の共通の言葉として使用されています。
宗教もイギリスの影響が強いため、国民のほとんどがキリスト教となっています。

島国であることからビーチリゾートや、島内の自然環境など、見どころもたくさんなパプアニューギニア。
さぞかし多くの観光客が、となるかもしれませんが、なかなかそんなことはありませんよね。
その大きな原因は、この国の治安であると思われます。
パプアニューギニアでは、治安の面でいうとなかなか安心できないのだそうです。
特に、貧困層の増加によって、ナイフや銃を用いた強盗事件などはかなり多発しており、繁華街や夜に出歩いたりということはかなり危険を伴うのだそうです。
特に首都のポートモレスビーではその傾向が強く、これがなかなかパプアニューギニアに行こうということにならない原因かもしれません。

また、政府に対する反対運動や、数多く存在する部族間の争いなど、都市部以外の地方であっても安心することができません。
このように、国内全域で治安の面で不安があることがパプアニューギニアが旅の渡航先として名前があがらない理由なのです。

いかがだったでしょうか。
日本から比較的近い位置にありながら、身近な存在とは言い難いパプアニューギニア。
現在は非常に不安がある国ですが、将来的にもっと治安が改善され、観光客の受け入れがオープンになっていけば、その美しい海や、緑豊かなジャングルの様子など、その大自然の様子をたくさん見る機会が増えていくことでしょうね。