911【人物あれこれ】膠着した世界を動かしった人物の一人。2022年、その人生を終えた『ミハイル・ゴルバチョフ』

人物あれこれ(Person)
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かつて存在していた国、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)
その国家元首とは誰だったのでしょうか。
ソ連発足からは国家を率いていたのは、初代指導者でもあったレーニンでした。
しかし、ソ連とは世界初の社会主義国家。
レーニンの後から、国家のトップにいたのはソビエト連邦共産党の書記長でした。
書記長としてトップに躍り出たのは、かの有名なスターリンです。
スターリンはそこから約30年間、国家のトップとして君臨し、独裁体制を築いていきます。
スターリン後も共産党の書記長が国家の指導者として君臨を続けますが、1990年になるとソビエト連邦大統領の役職が新設され、国家元首としての役職を担うこととなります。

ところがソ連の崩壊は1991年。
ソビエト連邦大統領とはたったの2年間しか存在していなかったポストなのでした。
その限られた期間にこの大統領のポストに就いていた人物、それこそがミハイル・ゴルバチョフ大統領なのです。
1990年代にはゴルビーという愛称と共に、世界を冷戦からの終結に導いた偉大な指導者として名を残した人物だったのです。
今回は、2022年に亡くなったかつてのソビエト連邦初代大統領ミハイル・ゴルバチョフについて紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 世界が大きく変えた人物の一人。かつての大国ソ連の初代大統領だったミハイル・ゴルバチョフとはどのような人物だったのでしょうか。

ミハイル・ゴルバチョフ

ミハイル・ゴルバチョフ氏は、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の初代大統領だった人物であり、1990年から1991年にかけてソビエト連邦を率いていた人物です。
1922年に誕生した世界を二分した国家であったソ連でしたが、1990年代に入るといよいよその終わりが見え始めていました。
そのような時期にソ連の大統領となり国のかじ取りを任された人物だったのです。

そんな世界の激動の時代を率いていたゴルバチョフでしたが、生まれながらに共産党のエリートの家系というわけではありませんでした。
一地方の農民の子として生まれたゴルバチョフでしたが、成績優秀だったゴルバチョフはモスクワ大学の法学部に入学し、その後1952年にソビエト連邦共産党に入党します。
共産党に入党したゴルバチョフは党内で権力を手に入れていき、40歳で党の中央委員に選出されるまでになりました。

しかしその中で国家の仕組みに対して疑問を呈していきます。
特に過度の中央集権化された農業管理システムに対しては疑問を呈したり、国家のやり方に対して問題意識を持ち始めていたとされています。
そして、改革派として名が知られるようになってきたゴルバチョフでしたが、前書記長のチェルネンコ氏の死去を受けて、54歳でソビエト共産党の書記長に就任します。
国家の指導者としては、恒例の指導者が続いた中で50代半ばの指導者の誕生は、国全体からも非常に期待が大きい物でした。

ところがソ連としては先行きはどんどんあやしくなっていきます。
その中でも最も大きな事件が、ソ連の末期に現ウクライナの地にあったチェルノブイリ原発で大きな事故が起こったことです。
また、社会主義の弊害もあらわになってきており、国家として大幅な改革が必要になっていました。
ゴルバチョフも50代半ばにして共産党書記長に選出されるほどの実力者であり、ソ連の維持と社会主義の理想をもっていた人物でした。
しかし、否応ない時代の流れの中で、国家の維持のために大幅な改革が必要と考えるようになりました。

ソ連の大幅な改革とは、まずは長年続いてきたアメリカとの冷戦を終結させることでした。
また、言論や報道の自由を広く認めるグラスノスチ政策と、ソ連の政治を民主的な方向にもっていくためのペレストロイカ政策とを推し進めました。
これらのグラスノスチとペレストロイカによって、国家の民主化政策を推し進めることになりました。
しかし、そのことは反面で共産党一党独裁の国家体制を弱体化させることにもつながったのでした。
そのため、ソ連という国家崩壊の危機を感じた強硬派によるゴルバチョフに対するクーデターが起こされるまでとなりました。
クーデターは失敗に終わるものの、この事件によって多くの側近を失ったゴルバチョフは、ソ連共産党の信頼を失墜させることとなりました。
そこで出てきたのがロシア・ソビエト連邦社会主義共和国がソ連より優位に立ち、ロシア共和国大統領だったエリツィンによって、ソ連共産党の活動停止が進められます。
さらには、いくつかの共和国がソ連から脱退することとなり、ソ連に代わる独立国家共同体の創設が宣言され、ソ連は崩壊します。
ゴルバチョフはクーデターをおさえこむことには成功しますが、それがゴルバチョフの意に反してソ連は解体されることにつながってしまい、ゴルバチョフは大統領を辞任することとなりました。

いかがだったでしょうか。
2022年8月末、ゴルバチョフ氏死去の報道が世界を駆け巡りました。
かつてのソ連の最高指導者はこれで全員が亡くなったことになります。
かつて存在していた世界を二分するほどの大きな国だったソ連。
ソ連の指導者であった反面、西側諸国でも人気があったゴルバチョフ氏。
また、その政治手腕には賛否があるものの、彼の時代に大きく時代が動いたことも確かなわけです。