924【北海道紀行】かつての刑務所の農園作業施設の先駆けとして設けられた建物『博物館 網走監獄③ 二見ケ岡刑務支所』

北海道(Hokkaido)
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今回は博物館 網走監獄の第3弾です。
網走監獄の敷地内で、舎房及び中央見張所に次いで大きな建物が。この二見ケ岡刑務支所と呼ばれる建物です。
元々は、現在の場所からさらにに西にある、網走湖と能取湖の両湖を眺めることできる場所にあった、網走刑務所の農園作業を担う施設でした。

老朽化と、その施設の重要性から、平成11年に現在の場所に移築再現され、博物館 網走監獄の中の一つの施設として一般に公開されています。
なお、建物は重要文化財となっています。

中には、囚人たちを収容する舎房をはじめ、炊事場や風呂場、雑居房や独房など、支所としての設備が揃えられており、ここを見学するだけでもかなり中身の濃い時間となることは間違いないでしょう。

それでは、今回はこの重要文化財にもなっている建物の、二見ケ岡刑務支所について紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 刑務所施設とは思えないほど解放された刑務支所の建物。重要文化財にもなっている貴重な建物を見に行ってみよう。

博物館 網走監獄の記事です

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二見ケ岡刑務支所

二見ケ岡刑務支所は、網走刑務所の受刑者たちの農園作業を行う先導的な施設として設けられた施設です。
網走湖と能取湖の間にあり、2つの湖を眺めることができる位置に設けられた刑務支所です。
現在も網走監獄の農園作業施設として同じ場所にあります。
ところが、かつて明治29年に設けられた二見ケ岡刑務支所の建物が、平成11年に博物館 網走監獄の敷地内に移設復元されて、一般の人々が見ることができるようになっています。

元々は屈斜路外務所という名前で設けられた監獄に付帯する農園作業の施設。
二見ケ岡刑務所という名前に代わってからも長らくその施設としての役割を全うしてきていました。

移築されたのは、まずは庁舎です。
庁舎は明治29年に建てられた建物であり、洋風建築な外観が特徴的な建物です。
事務室と、ここで働く職員のための宿直室や休憩室などがあった建物です。

そして、受刑者たちを収容していた舎房です。
明治29年に建てられました。
現在は東西に延びる舎房になっていますが、移築前の創建当時には、北側にも舎房のあるT字型の建物だったそうです。
現在はそれぞれの房と、一部展示が置かれています。

もちろん食堂も設けられています。
大正15年に造られた大きな開放的な土間に設けられた食堂では、多くの受刑者たちの食事を満たすことができていました。
そして食事を提供するための炊場もあります。
炊場は明治29年に設けられたものです。
またここには、浴槽も2か所設けられています。

さらに祈りの場である大きな教誨堂も設けられています。
こちらも大正15年に造られました。
支所にもこのような立派な教誨堂が設けられているということからも、刑務所という施設に必要不可欠な施設なのだということを考えさせられます。

開放型の農園施設であるため、農作業に出た囚人たちが脱走を試みる可能性があります。
そのため、農作業をする際には戒具と呼ばれる鎖の高速具を身につける必要があります。
そのための施設が鍵鎖附着所(けんさふちゃくじょ)と呼ばれるところです。
ここは昭和5年に建てられた施設であり、ここには、足洗い場や洗濯所なども設けられています。

このように農園を持つ珍しい刑務所の建築としてその価値は非常に高く、重要文化財にも登録されている建物となっているのです。
これらの施設は、それぞれが独立した建物としてありましたが、現在はそれぞれが渡り廊下で結ばれ、一つの大きな建物群として残されています。

アクセス

網走駅から南西に5kmほどの場所にあります。

二見ケ岡刑務支所を見に行ってみた

それでは、二見ケ岡刑務支所を見に行ってみましょ

こちらが二見ケ岡刑務支所の建物です。

『刑務所の中』
『大地の詩~留岡幸助物語~』
という映画の舞台にも使われたそうです。

屋外には、二見ケ岡支所でかつて使われていた通信手段である伝書鳩を使って、通信を行おうとしている様子の人形の展示がありました。

それでは庁舎から施設に入っていきたいと思います。

入るとすぐに事務室などがあります。

こちらは教誨堂です。
受刑者たちの心を構成させようとして施設であり、僧侶や牧師などが数多く慰問に訪れた場所となっています。

特定の宗教色を排除することで、どのような宗教に対しても対応できるようにしているのだそうです。

舞台上の祭壇です。

こちらは食堂です。
受刑者にとって食事は何よりもの楽しみなこと。
自分たちがこの農場で育てた作物を調理した献立が出されることで、農業や労働の大切さを大観させるための物でもあるのだそうです。

監獄メニューが味わえるようです。

長い手洗い場です。

ここからは舎房となります。
両サイドに東西に延びる舎房があります。
元々は写真正面の奥に延びる北舎房もあったそうですが、現在は復元されていません。

ここに住む人たちの寮訓です。

一部は展示施設となっています。
こちらは受刑者たちの服装の展示です。

これらは受刑者が暴れたときなどに拘束する拘束具です。

他にも、網走監獄で起きた逃走事件などの展示がありました。

お正月にだけ出される特別献立だそうです。
この日にはお節料理とコーラが提供されていたそうです。

こちらは作業場です。

こちらは炊場(すいじょう)です。
大きな釜や調理器具など、多くの受刑者たちの食事をさばくために、朝早くから夜遅くまで炊場担当の受刑者は働き続けていたのだそうです。
炊場担当の受刑者には、農繁期の忙しい時期には、3食以外に団子やあんパンなどの加算食も提供されていたそうです。

こちらは浴場です。

珍しい木製の水道管も使われていたそうです。

鍵鎖附着所(けんさふちゃくじょ)の建物にある洗濯足洗場です。

二階にも上がることができました。

こちらは浴場の更衣場です。

いかがだったでしょうか。
中央の舎房がフォーカスされることが多い博物館 網走監獄ですが、この二見ケ岡刑務支所もかなりの見ごたえがある施設でした。
これほどの施設が敷地内にあるとは知らずに行ったため、驚きの連続でした。
ここも含めるととにかく見ごたえ盛りだくさんな、博物館 網走監獄。
まだまだ紹介記事は続きますよ。