958【北海道紀行】日本本土最東端の岬。日本で一番早く朝日が昇る『納沙布岬』

北海道(Hokkaido)
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日本本土の中で最も一日で早く日が昇る場所は??
太陽は東から登って、西に沈みます。
となると、もっとも日本本土の中で東の端になるのはどこかということですよね。
地図を見てみてそれがどこになるのかなあ、と探してみると、北の大地にその場所があることがわかるかと思います。
その場所は北海道は道東の根室にある、納沙布岬(のさっぷみさき)なのです。

同じく北海道にある日本本土北端の地である、稚内の宗谷岬のことはよく知っていても、東端の場所も北海道にあるというのは意外と見落としがちではないでしょうか。
北海道内だけで日本本土四極のうち2か所は制覇できてしまうのですから、なかなかこれは効率がよさそうに見えますよね。

しかし、あれだけ広大な北海道。
両方訪れようとしても、400km近くあることからなかなか大変なところです。
ところが、難しい壁があったら乗り越えたくなるものではないですか。

そして、この納沙布岬からはあの島々も眺めることができるのです。
今回はこの北海道にある日本本土最東端の地、納沙布岬について紹介していきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • 日本本土最東端の地である納沙布岬を訪れて、日本が抱える問題について学んでみませんか。

これまでの道東の記事です。

1094【北海道紀行】海を隔てた先にある北方領土を望む資料館『望郷の家 北方館』
『望郷の家 北方館』は、望郷の家という建物と、北方館という建物が連結した施設。ここでは、この場所を訪れた人々が北方領土に関する資料を閲覧したり、実際の島々を眺望したりということで、日本が抱えるこの問題を忘れず、そして正しく理解してもらうことにつながっていくのです。
1080【北海道紀行】根室開拓の最前線。ここから根室が拓けていった『開拓使根室出張所跡』
北海道の東の端にあるのが根室です。この根室には、かつて開拓使根室出張所というものが置かれていました。この根室に出張所を置くことによって、根室だけではなくこの辺りの花崎や野付と呼ばれる地域が管轄されていました。その出張所があった場所に、現在は標柱が建てられており、『開拓使根室出張所跡』として残されています。
997【北海道紀行】根室にある回転寿司店。しかし、根室の回転寿司は、ただの回転ずしではないのです『祭囃子(まつりばやし)』
なーんだ、回転ずしか・・・、と思うかもしれませんが、根室の回転ずしを侮ってはいけません。その回転寿司店は、祭囃子(まつりばやし)と言います。この回転寿司店。根室にある回転寿司店だけあって、大手チェーン店の回転寿司店とは一味も二味も違うお店となっているのです。
985【北海道紀行】すぐ裏手には風連湖を望む道の駅『道の駅 スワン44根室』
今回紹介しているのは北海道の道東にある道の駅です。先日紹介した、道東にある巨大な湖 風蓮湖。この風蓮湖を南側から一望できる場所にある道の駅があるのです。その道の駅とは、道の駅 スワン44ねむろと言います。
975【北海道紀行】知床クルーズの玄関口ウトロにある巨大な道の駅『道の駅 うとろ・シリエトク』
今回紹介しているのは、北海道の道東、知床にある道の駅です。知床峠を挟んで、東にあるのが、道の駅 知床・らうすです。そして、西側にも道の駅が用意されているのです。その道の駅を『道の駅 うとろ・シリエトク』というなんとも不思議な名前の道の駅です。
968【北海道紀行】根室にあるゲストハウスで、道東の街を満喫しませんか『ネムロマン』
今回紹介しているゲストハウスも、少し広めの一軒家を使ったゲストハウスです。北海道の根室にはゲストハウスという選択肢がほとんどありませんでした。そのような根室に素敵なゲストハウスができたのです。そのゲストハウスとは『ネムロマン』といいます。
936【北海道紀行】乙女の涙と呼ばれる知床の滝。そこまでの道のりは恐ろしいのですが・・・『フレペの滝』
今回紹介しているのは知床八景の一つ、フレペの滝であり、知床の山々に降った雨水や雪解け水が、岩の割れ目からしみだしている知れとのこの絶景を代表する滝です。実際に訪れてみるとそのスケールの大きさには驚かされます。滝によって浸食されたと思われる海岸崖と滝のコントラストは、見ているものの心をわしづかみにすることでしょう。
931【北海道紀行】北方領土を望む日本の東端、納沙布岬にある『北方領土資料館』
根室を含めた道東の地域には、北方領土に関する施設が数多くあるのです。その中でも今回紹介しているのは北方領土資料館という施設です。この施設は、日本最東端である納沙布岬にある資料館となっており、北方領土のことについて学ぶことができる資料館となっています。
918【北海道紀行】知床半島を横切る横断道路にある、世界遺産知床を望む峠『知床峠』
知床の中心を横断する道路が知床横断道路であり、その最も高いところに知床峠があります。世界遺産知床を一望できる場所にある知床峠。ここからはどのような光景が広がっているのでしょうか。世界遺産の知床を横断する知床横断道路にある広大な美しい景色を眺めることができる知床峠に行ってみましょう。
916【北海道紀行】ああ知ってる!香川県の…!?ではなく、北海道にある『金刀比羅神社』
全国各地にある金刀比羅神社なのですが、今回紹介しているのは北の端にある北海道は根室の金刀比羅神社です。そして、北方領土にも近いこの金刀比羅神社には、かつて北方領土にあった神社のご神体もここに移され置かれているのです。
915【北海道紀行】「叫びの像」「別海北方展望塔」も隣接する道の駅へ行ってみよう『道の駅 おだいとう』
いずれは北海道と切り離されてしまうのではないかと言われている、ラムサール条約にも登録されている(砂嘴)である野付半島。この野付半島を会場奉公4km先に臨むの野付郡にある道の駅。その道の駅を『道の駅 おだいとう』といいます。 非常にこじんまりとした、不思議な形の道の駅なのですが、この道の駅にある建物は、別海北方展望塔と呼ばれています。
909【北海道紀行】世界遺産知床の入り口にたたずむ、大人気の道の駅『道の駅 知床らうす』
北海道は、知床半島の中ほど。そんな場所に、北方領土の国後島に日本で最も近い道の駅があります。その道の駅とは、『道の駅 知床・らうす』。不思議な名前をしているなあと思いますが、地名です。羅臼という町にあるこの道の駅は、この道の駅を過ぎると世界自然遺産である知床の自然の光景を眼前に眺めることができる知床横断道路の羅臼側の起点となります。
892【北海道紀行】街中にポツリと立つ歴史ある教会の建物『根室キリスト教会』
今回はそんなキリスト教の教会の中でも、根室にある根室キリスト教会について書いていきたいと思います。が、実際に中に入ったわけではなく、その外観を見たときにかなり歴史を感じさせる建物だなあ、とフィーリングを感じたのが実際であり、なかなかここについての資料は少なかったりするのではありますが、印象に残った建物の写真と共に紹介をしていきたいと思います。
888【北海道紀行】根室半島チャシ跡群の中では最もよく整備され、訪れやすいチャシ『ヲンネモトチャシ跡』
根室半島チャシ跡群の24か所の中でも人が入れるように整備されて公開されている場所はわずかとなっています。その中でも、日本最東端の納沙布岬からも近く、きちんと整備されているためにチャシ跡に訪れる人々のほとんどが訪れる場所がヲンネモトチャシ跡です。
886【北海道紀行】かつての日本最東端の駅。チャシを巡る旅には立ち寄り必須の『根室駅』
日本で一番東の端にある駅とはどこにあるでしょうか?頭の中に地図が思い浮かんでいることでしょうが、どのエリアが思い浮かんでいるでしょうか?日本最東端の駅とは北海道にあるのです。その駅の名前とは東根室駅という小さな駅になります。ただし、今回紹介するのは東根室駅ではありません。東根室駅が日本最東端の駅となる前に日本最東端だった駅があるのです。
874【北海道紀行】妄想紀行が現実に!!かつてアイヌの人々の拠点だった『チャシ』とは何なのだろうか
日本百名城の栄えある登録ナンバー001。北海道根室にある根室半島チャシ跡群。1番でありながら、北海道の中でも唯一道東の離れたところに存在する百名城。そんなところに城などあるのか?と誰もが口にすることでしょう。そう思うかもしれませんが、あるんですここには。チャシが。
397【妄想紀行】日本百名城の栄えあるNo.1の城跡。しかし、ここへ訪れるのは非常にハードルが高く…『根室半島チャシ跡群』
日本百名城ですが、その城ナンバーの01にある城をご存知でしょうか?北から順番に番号を振られているため、ナンバー01の城は北海道にあります。その名を、『根室半島チャシ跡群』と言います。

納沙布岬

日本本土の東西南北の端の一つ、最東端にある場所が北海道は根室市の納沙布岬(のさっぷみさき)です。
変わった名前の場所ですが、この名称もアイヌの言葉からきている言葉なのだそうです。
この岬の傍らにかつて集落があり、その集落の名前がノッサム(岬の傍ら)と呼ばれたことから、ノサップとなり、漢字があてられて納沙布岬となっています。

多くのドライバーやライダー、旅人たちがここを目指して旅をしてくることと思います。
日本本土の四極制覇というのはある意味旅人たちの一つのステータスでもあります。
そのため心躍らせてこの場所を訪れる人が多いのではないかと思います。
しかし、この納沙布岬が近づいてくるにしたがって、期待していたものとは違うピリピリした雰囲気を持っていることも確かなのです。

その雰囲気の原因とは、道東の道々を走っているとたくさん目に入ってくる、北方領土返還に関する数々の情報です。
何しろ、日本の最東端である納沙布岬。
その岬から目と鼻の先には北方領土の島々が見えるのです。
つまり、ここが日本とロシアがにらみを利かせる国境の場所でもあるのです。
最も近い歯舞諸島の貝殻島までは、わずか3.7km。
いかに近い場所にあるかということがわかるのではないでしょうか。
そのため、納沙布岬には、日本本土最東端到達の雰囲気を味わうとともに、日本が抱える北方領土の問題を目の当たりにすることができるのです。

こういった場所にあることから、納沙布岬の周辺には日本本土最東端の岬であるモニュメントはもちろん、北方領土返還に関するモニュメントや資料館などが数多く経っています。
もし、北方領土問題に関してあまり知らないなあと思っても大丈夫。
この納沙布岬に訪れたときに、資料館などで新たに学びなおしてみることができるのです。
納沙布岬にある資料館やモニュメントなどは次のようなものがあります。

・根室市北方領土資料館
・北方館
・望郷の家
・四島のかけ橋
・千島の砦オーロラタワー
などなど。

せっかくこれだけの資料館があるので、今現在日本が抱える大きな門あぢについて知るお言うことも大切なことなのではないでしょうか。

アクセス

根室駅から東に25kmほどの場所にあります。

納沙布岬へ行ってみた

それでは、納沙布岬へ行ってみましょう。

まず目に入ってくるのがこのモニュメントでしょう。
これは四島のかけ橋と、中央にあるのが祈りの火です。
かなりの大きさのモニュメントであり、離れて撮影しないと全景が入りません。

北方領土の返還がなされるまで、24時間365日休むことなく火がともされ続けています。

四島のかけ橋から海岸沿いに数う数のモニュメントや碑が立ち並んでいます。
上の写真に見える建物は北方館といい、ここの展望からは肉眼で歯舞群島が見えるそうです。

次は希望の道という、いろいろな形の石が敷き詰められている場所があります。
ここには全国都道府県の名前が書かれた石が並んでいます。

これは、全国各地から北方領土返還問題に対して支援があることを表しているモニュメントとなっているのです。

石が敷き詰められて道となり、いつの日か島が還ってくるときのための道になっているのだそうです。

北方領土返還運動に尽力した末次一郎氏の功績を称えた碑です。

北方領土返還を詠んだ句や歌がありました。

きぼうの鐘です。
一日も早い返還実現を願って、日本国民全員の強い祈りを表したモニュメントです。

北方領土返還運動現地大会の決議文が書かれています。

この場所から望むことができる、歯舞群島と国後島の説明書きです。

こちらは少し他の碑とは異なるものですね。
寛政の蜂起和人受難墓碑と呼ばれます。

江戸時代の寛政の時代、かつて和人とアイヌ民族の人々の間で起きた争いの結果、和人71が殺害され、反対にアイヌ民族37名を処刑したという事件があり、和人供養のために造られた碑です。

今場所に元々あったのではなく、納沙布岬に近い海中で発見されたものなのだそうです。

こちらは北方領土早期復帰を記念した碑です。

そして、納沙布岬の碑です。
ここがちょうどい撮影ポイントかと思います。
ここからさらに東に300mほど行くと、納沙布岬と灯台もあります。

いかがだったでしょうか。
思っていた以上に北方領土返還に関するものが多い場所であった納沙布岬。
ここを訪れるだけで、思っていた以上の情報を得られることができます。
数々の先人たちが訴え続けてきているこの領土問題。
世代が移り変わっていったとしても、その意志は受け継ぎ続けていかなければいけません。

なお、日本百名城の根室半島チャシ跡群のスタンプと、日本本土四極踏破証明書は、根室市北方領土間で手に入れることができます。