983【旅ノウハウ】日本の伝統、百人一首。その舞台となった場所を巡ってみる旅というのはいかがでしょうか④(61~80)

旅のノウハウ(Travel)
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歴史的に有名なかつての人物たち。
日本の伝統的な和歌を残した数多くの人々が日本の歴史にはあります。
そのような中で選ばれた100首。
それが百人一首なのです。

そのようにして選ばれた100首の札の中には、実際の場所が詠まれた和歌も多数あるのです。
実はそのほとんどはそこの場所で詠まれたものではなく、その場所をイメージして詠まれたものがほどんどなのですが、それだけ大昔の人々を魅了するほどの場所。
その和歌に詠まれた場所を実際に見に行ってみるという旅はいかがでしょうか。
実際の場所に行くことによって詠み人がそこをどのように思って和歌を詠んだのかを感じ取ることができるかもしれません。

今回はそんな古き良き場所を知る旅である、百人一首を巡る旅の第四弾について書いていきたいと思います。

というわけで、今回のわきみちは、

【今回のわきみち】
  • その場所をイメージすることで和歌に深みを加える。和歌に詠まれた場所を思って、その言葉を用いて表現する和歌。そんな場所を巡る旅に出かけてみませんか。

過去の百人一首にまつわる記事です。

953【旅ノウハウ】日本の伝統、百人一首。その舞台となった場所を巡ってみる旅というのはいかがでしょうか③(41~60)
100首の札の中には、実際の場所が詠まれた和歌も多数あるのです。和歌に詠まれた場所を実際に見に行ってみるという旅はいかがでしょうか。実際の場所に行くことによって詠み人がそこをどのように思って和歌を詠んだのかを感じ取ることができるかもしれません。
927【旅ノウハウ】日本の伝統、百人一首。その舞台となった場所を巡ってみる旅というのはいかがでしょうか②(21~40)
歴史を彩る人物たちの和歌が100首集められたのが百人一首です。飛鳥時代から鎌倉時代に詠まれた百人一首の歌の数々には、実際の京都や奈良の場所を表したものがに詠まれています。今回はそんな古き良さを知る旅、百人一首を巡る旅はどうだろうか、第二弾について書いていきたいと思います。
871【旅ノウハウ】日本の伝統、百人一首。その舞台となった場所を巡ってみる旅というのはいかがでしょうか①(01~20)
歴史を彩る人物たちの和歌が100首集められたのが百人一首です。百人一首が詠まれた時代は、飛鳥時代から鎌倉時代。今では誰でも知っているこの百人一首はこれらの時代に応じて、その多くが近畿圏、現在の京都や奈良を中心に詠まれたものとなっています。その中には、その和歌が詠まれた場所について表されているものも多くあります。では、和歌に詠まれた場所を見に行ってみるという旅はどうでしょうか。

百人一首を巡る旅④

百人一首とは、13世紀に成立した秀歌撰であり、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけた活躍した藤原定家によって選ばれた和歌集です。
古くは飛鳥時代の天智天皇から、鎌倉時代の順徳天皇まで、それぞれの時代を代表する100人の歌人による優れた和歌を一首ずつ選んでいます。
その百人一首の詠まれた時代は、まだまだ近畿圏が中心だった時代。
詠まれている和歌の中には、今もなお残る風光明媚な場所が数多く読まれているのです。
となると、めぐって見たくなりませんか、その場所を。
そして、感じてみませんか、詠み人が感じた気持ちを。

では、百人一首に詠まれている場所にはどのようなものがあるのでしょうか。
今回は61~80の和歌についてです。

61 いにしへの 奈良の都の 八重ざくら 今日九重に 匂ひぬるかな 

奈良の都というのはそのままなのでよくわかりますよね。
奈良の都がすでにかつての古都だった時代。
そして、九重とは宮中を意味しています。
奈良の都から届いた八重桜が、宮中に届き、その八重桜が美しく咲いているという様子を表しています。
この和歌を詠んだ伊勢大輔(いせのたいふ)は、この贈り物を取り次ぐ役割を担い、八重桜にそえるためにこの和歌を詠んだのでした。

62 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ

逢坂の関という言葉が出てきます。
逢坂とは”おうさか”と読みますが、大阪のことではありません。
逢坂の関とは、現在の京都府と滋賀県の境にあった関所のことですが、その名前にもある”逢”という言葉が逢うということを場を連想させるため、多くの和歌で使われている言葉なのです。

昔、中国には函谷関という関所がありました。
キングダムでもでてきている関所ですね。
この函谷関では、朝一番に門を開ける合図としてにわとりの鳴き声が合図とされていました。
その中国の故事を用いてこの和歌は詠まれています。

夜明け前に鶏の亡き前をしてああ追うとしても、ここは函谷関ではありません。
たとえ男女が逢う逢坂の関だとしても、あなたにはお会いしませんので開けませんよ。
という和歌となっています。
この和歌は、かの有名な清少納言の残した和歌なのです。

64 朝ぼらけ 宇治の川霧 絶えだえに あらはれ渡る 瀬々の網代木

この和歌は、実際の場所を見て、その光景を詠んだ和歌です。
宇治の川とはその通り京都の南を流れる宇治川のこと。
網代木というのは、鮎の稚魚をとるための仕掛けである網代に使うための杭のことです。
かつて、宇治川には数多くの網代が作られていたのだそうです。

段々と明るくなる明け方のこと。
宇治川の霧がだんだんと晴れていって、目の前のあちこちに宇治川の網代木が」見えてきました、という冬の明け方の風景を見て感じた気持ちを表した和歌なのです。

69 嵐ふく 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の 錦なりけり

奈良県にある三室山
そしてその東を流れる龍田川
この2つが表す光景は、紅葉の名所である三室山が表すように、秋のイメージを表している言葉なのです。
この歌は実際の場所で詠まれたものではありません。
歌合せの場で、三室の山を彩る紅葉と、そこから散った紅葉が龍田川を埋めつくりしているような光景を表しています。
あくまでイメージを呼び起こす言葉として詠まれているため、実際に龍田川が三室の山の紅葉で埋め尽くされることはないのだそうですが、それほど美しい秋のイメージを引き出すことができる和歌となっているのです。

72 音に聞く 高師の濱の あだ浪は かけじや袖の ぬれもこそすれ

高師の濱というのは、現在の大阪府堺市と高石市にかけて広がっている浜辺のことです。
この高師の濱は掛詞になっていて、評判が高いという意味も持っています。

評判の高い高師の濱の波で、そでが濡れると大変なので、濡れないようにしないといけません。
同じように涙で袖をぬらさないように、あなたの言葉も心にかけないようにしないとね。

というように、浮気性な男性に対して、あなたに振り回されるのは嫌ですよということを和歌で返しているのです。

78 淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いくよ寝覚めぬ 須磨の関守

淡路島といえば、現在の兵庫県にある大きな島。
そして、須磨とはこちらも現在の兵庫県神戸市の須磨のことです。
この須磨には関所があったのですが、淡路島から渡ってくる千鳥の物悲しい鳴き声が聞こえてきます。
そのような情景を思い出しながら詠んだ和歌なのです。

この関所には関守という番人が常についていました。
関守として働く人々は、家族から離れた地で一人仕事をしていることが多かったようです。
そのような関守の気持ちも想像しながら、一人旅で寂しい自分自身の気持ちとを重ね合わせてこの和歌を詠んでいます。
千鳥の物悲しい鳴き声が、詠み人の気持ちをよく表していますね。

いかがだったでしょうか。
今回はここまでとしたいと思います。
現代でも、場所とそのイメージが、様々な印象を人に与える言葉があるのではないでしょうか。
しかし、現代と昔ではそのイメージも大きく異なる場合が多々あります。
そういった違いを感じるのも面白い旅になるかもしれませんね。

百人一首はまだまだあります。
第五弾を乞うご期待ください。