百名城/続・百名城(Castle)

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925【城ノウハウ】城の入るためにはなくてはならない場所『番所』

どんな場所でも、中に入るときに必ず通らなければいけないところがあります。現代であれば、受付だったり入り口だったり。公共の施設であればチケットカウンターがあったり、などなど。もちろん城にもかつてそのような城内に入るときに必ず通らなければいけない城門がありました。その近くには必ず置かれていた場所に番所というものがあります。
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904【城ノウハウ】立派な土台はあるものの、その上には築かれなかった天守『天守台しか築かれなかった城』

日本に数ある城の中でも、天守台はあるものの天守そのものがこれまでに一度も建造されなかった城跡もあったりするのです。せっかく堅牢な天守台を築いたのに、その上の天守が設けられなかった。一体そこにはどのような理由があったのでしょうか。
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897【北海道紀行】ヲンネモトチャシと共に、きちんと整備されたチャシ跡『ノツカマフ1・2号チャシ跡』

ヲンネモトチャシ跡は非常に整備状況がよく、納沙布岬からも近いことから、観光に訪れる人が多い所ですが、それに次いで整備が進んでおり見やすくなっているのがノツカマフ1・2号チャシ跡です。ノツカマフ1号チャシ跡とノツカマフ2号チャシ跡とが並んだ形になっており、一緒に2つの場所を見て回ることができます。
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888【北海道紀行】根室半島チャシ跡群の中では最もよく整備され、訪れやすいチャシ『ヲンネモトチャシ跡』

根室半島チャシ跡群の24か所の中でも人が入れるように整備されて公開されている場所はわずかとなっています。その中でも、日本最東端の納沙布岬からも近く、きちんと整備されているためにチャシ跡に訪れる人々のほとんどが訪れる場所がヲンネモトチャシ跡です。
2022.12.02
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883【城ノウハウ】城の中から、迫りくる敵に相対する設備。ここから狙われたらひとたまりもない『狭間』

城の中を見て回っていると、塀に無数の穴があけられていることに気付いたことはありませんか。何のための穴だろう・・・と思っていたかもしれませんが、これらの穴ももちろんただの壁に設けられた装飾ではありません。
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874【北海道紀行】妄想紀行が現実に!!かつてアイヌの人々の拠点だった『チャシ』とは何なのだろうか

日本百名城の栄えある登録ナンバー001。北海道根室にある根室半島チャシ跡群。1番でありながら、北海道の中でも唯一道東の離れたところに存在する百名城。そんなところに城などあるのか?と誰もが口にすることでしょう。そう思うかもしれませんが、あるんですここには。チャシが。
2022.12.02
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862【城ノウハウ】その名の通り、城の中で藩主の馬などを常備した建物『馬屋』

馬たちを城の中で飼育したり調教したりする設備が城内には必要不可欠なのでした。城内に設けられていたその建物の名を、馬屋と言います。かつてはどの城にでもこの馬屋は設けられていましたが、現在、現存している馬屋は何と一つだけしかないのだそうです。
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855【鳥取紀行】因幡三名城の一つ。街道の様子が手に取るようにわかる『若桜鬼ヶ城』

攻防に長けた山城をしっかりと見てみたいのであれば、鳥取にあるこんな城はいかがでしょうか。その城は若桜鬼ヶ城といいます。なんとも重々しい名前の城なのですが、かなりの歴史のある山城の一つなのです。そして、この城から見渡す光景を見ると、山城とはこういう理由がったのかと、納得させられる場所なのです。
2022.09.28
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841【城ノウハウ】なぜ天主のシンボルとして置かれているのだろうか??『鯱瓦』

魚のようであるけれども、どこかその表情は違うような。それもそのはず。これは想像上の生き物である鯱といいます。シャチ/シャチホコと読みます。海で実際に生きているシャチとは全く違う生き物であり、この鯱は想像上の生き物なのです。ではなぜ、このような鯱を模ったものが天守の屋根にわざわざ置かれているのでしょうか。
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820【城ノウハウ】どのような規模で、どのような姿だったのか、今もなお議論が絶えない伝説の出城『真田丸』

大河ドラマにもなった伝説の出城。大坂冬の陣の際に、大坂城の南側から迫りくる徳川軍を迎え撃った豊臣川の攻防の拠点となった場所があります。その名を真田丸と言います。真田幸村によって設けられたこの出城は、周囲を川や堀、湿地帯に囲まれ、鉄壁の防御力を誇っていた大阪城の中で唯一手薄になる可能性があった南側に設けられたものでした。