近畿地方(Kinki)

百名城/続・百名城(Castle)

362【和歌山紀行】石垣や、熊野川に面した水ノ手に特徴があり、天守再建計画もある『新宮城』

紀伊半島では最長である熊野川の河口付近にとある城跡が残っています。この城跡は、江戸時代にこの新宮の地域を統治していた新宮城の跡地であり、今現在は当時の建物は何も残ってはいませんが、堅牢且つ重厚な石垣が、今現在もしっかりと残っている城跡です。
日本の世界遺産(Japan Heritage)

354【兵庫紀行】日本初の世界遺産であり、真っ白な姿が美しい魅せる城『姫路城』

姫路城は江戸時代初期の、まだ西国の大名たちが油断できない時期に建てられたこともあり、城の造りとしては戦いのための城になっていることも特徴です。そのため、実際に姫路城に訪れて見ると、天守は見えているのになかなかたどり着けない。。。入り組んだ工夫が盛りだくさんの構造となっているのです。
百名城/続・百名城(Castle)

347【和歌山紀行】紀州徳川家の居城だった、江戸時代の西日本の中心地の一つ『和歌山城』

江戸時代には、徳川御三家として水戸徳川家、尾張徳川家、紀州徳川家とありました。もちろん徳川宗家に次ぐ格式高い藩であるため、そこに建てられた居城や街づくりは、その他の地域と比べると壮大な規模となっているのです。今回はその中でも紀州徳川家の居城であった和歌山城を紹介していきます。
2021.05.07
百名城/続・百名城(Castle)

340【兵庫紀行】但馬国を治め、時代によってその場所が移された『出石城・有子山城』

今回紹介している城は、2017年に続日本百名城に登録された城です。ここの城は他の城とは登録とは違った形で登録されています。山頂にある山城の有子山城と、山麓にある出石城とがセットで登録されているのです。
2021.04.29
百名城/続・百名城(Castle)

329【滋賀紀行】名だたる武将が戦いを繰り広げる舞台、そして浅井長政悲劇の地『小谷城』

織田信長の妹であるお市の方、そして義理の弟である浅井長政の悲劇の地として有名な小谷城を紹介していきたいと思います。日本の五大山城に挙げられるほど堅牢な山城であるため、織田信長もなかなかここを攻め落とすことができなかったといいます。
日本の世界遺産(Japan Heritage)

324【和歌山紀行】弘法大師 空海によって開かれた開かれた日本仏教の聖地『高野山と金剛峯寺』

弘法大師が今も生き続けている『奥之院』だけではなく、まだまだこの地には見どころがあります。空海がこの地に入り最も最初に建造に着手した壇上伽藍。そして、真言宗の総本山である金剛峯寺。こういったところも、高野山に訪れたときには外してはいけないポイントですね。
百名城/続・百名城(Castle)

317【兵庫紀行】西国へ向かう東西交通の要所であった重要拠点『明石城』

江戸幕府にとっては、明石の地は西側諸国を監視・支配するためにはかなり重要なポイントでした。そのため、この明石の地を幕府の重要拠点としようとすることも自然な考えですね。そこで、ここに設けられたのが今回紹介している明石城なのです。
2021.04.03
百名城/続・百名城(Castle)

314【大阪紀行】羽柴秀吉の紀州征伐の拠点。近隣には謎の古城も『岸和田城』

今回紹介している岸和田城も大阪を代表する名城であり、日本百名城の選考過程でも終盤まで残っていた城なのだそうですが、日本百名城には大阪からは『大阪城』と『千早城』が選ばれたため、惜しくも落選してしまいます。
百名城/続・百名城(Castle)

304【大阪紀行】その高低差はくじけそうになるほど…。南北朝時代の城『千早城』

大阪の南、千早赤阪村に残る千早城です。鎌倉末期から南北朝時代にまでの時代に活躍した楠木正成によって築城された山城で、四方を天然の要害に囲まれた地形を生かした戦法や、藁人形を使って軍勢をカモフラージュするような奇策など、様々な戦法を駆使して大軍を追い返すことに成功した城なのです。
2021.03.20
百名城/続・百名城(Castle)

297【京都紀行】明智光秀によって統治され、今も数々の言い伝えの残る『福知山城』

このドラマの影響で、明智光秀にまつわる城がにわかに注目を集めてきましたね。ドラマの中でも登場した坂本城をはじめ、明智光秀に関係する城はいくつもあります。その中でも、明智光秀が武功をあげた丹波攻め、その平定後に築城された城として、福知山城があります。