カンボジア(Cambodia)

カンボジア(Cambodia)

563【カンボジア紀行】ぱっとイメージはできないが、なじみやすい味がうれしい『カンボジア料理』

代表的なカンボジア料理は?と聞かれても答えられる自信はありません。ところが今は東南アジアでも目立たないような感じもするカンボジアですが、実は東南アジアで最初に国を興した末裔であるのです。 そのため、カンボジア料理の文化が、周辺諸国に影響を与えていったという経緯があります。では、どのような料理なのでしょうか。
人物あれこれ(Person)

554【人物あれこれ】20世紀最悪の独裁者の一人。その真の素顔とはどのようなものだったのか『ポル・ポト』

20世紀にアジアを代表するような独裁者であり、多くの自国民を理想とする共産主義思想のために虐殺してきた人物といえば誰でしょうか。それこそが、カンボジアに存在した独裁者、ポル・ポトではないでしょうか。この名前を聞いてどのようなことが思い浮かびますか?
カンボジア(Cambodia)

546【カンボジア紀行】フランスから独立した記念に建てられた碑。その後の厳しい歴史も見続けてきた『独立記念塔』

カンボジアがフランスから独立したことを記念してつくられたのが、首都プノンペンにある独立記念塔です。ノロドム大通りとシハヌーク大通りという二つの主要道路の交差点に立つこの独立記念塔は、フランスからの独立後にそのことを記念して建てられ、60年ほどプノンペンの移り変わりを眺め続けているのです。
カンボジア(Cambodia)

541【カンボジア紀行】カンボジア に古くから伝わる宮廷舞踊の一つであり、神話や宗教的な物語を物語る『アプサラダンス』

今回紹介しているのは、そのような様々な国に残るダンスの中でも、カンボジアに古くから伝わるダンスについて紹介したいと思います。その名は"アプサラダンス"といい、ヒンドゥー教の神話に登場する精霊アプサラの舞の様子を表すダンスとして古くから受け継がれ、現代にいたるのです。
2021.11.03
カンボジア(Cambodia)

525【カンボジア紀行】巨大な人工池の中心に浮かぶ人工島。そこに浮かぶ寺院『ニャック・ポアン』

アンコール・トムの北には、東西バライに比べるとその大きさはかなわないものの、大きな人工貯水池(バライ)プリヤ・カーン・バライが残されています。そしてその貯水池の陸続きになった先に寺院が残されています。この寺院をニャック・ポアンといい、寺院内にも水がたたえられている構造となっています。
カンボジア(Cambodia)

520【カンボジア紀行】広大なアンコール・トムの入り口。観音菩薩の四面塔が印象的な『アンコール・トムの南大門』

アンコール地区の観光では、まずは誰しもがアンコール・ワットにまずは向かうことになると思います。そして、そこから北にあるアンコール・トムに向かうと、バイヨンで見られるような四面塔をもつ巨大な南大門が私たちを迎えてくれます。今回はそんな南大門について紹介していきたいと思います。
2021.10.17
カンボジア(Cambodia)

508【カンボジア紀行】ジャヤヴァルマン5世により建設されたが、王が死去したこっとで未完成で放置されたヒンドゥー教寺院『タ・ケウ』

今回紹介するタ・ケウは、アンコール・トムのすぐ東にあるヒンドゥー教寺院です。ピラミッド式の寺院であり、高く積み重ねられた寺院であることが分かるのですが、アンコールのほかの遺跡とは大きく雰囲気が異なるところがあります。
2021.10.17
カンボジア(Cambodia)

499【カンボジア紀行】カンボジアを苦しめ続ける地雷の歴史。そして、それに立ち向かい続ける人物がその歴史を伝え続ける『アキ・ラー地雷博物館』

カンボジア全域で人々を苦しめ続けてきたのが、無数に地中に埋められた地雷ではないでしょうか。カンボジアの国の中にも、地雷を除去するために地道に活動を続ける人々がいるのです。今回紹介しているカンボジアはシェムリアップにある地雷博物館を創設したアキ・ラー氏もそんな中の一人なのです。
カンボジア(Cambodia)

456【カンボジア紀行】お土産らしいお土産がなかったカンボジアで、日本人が始めた『アンコールクッキー』

カンボジアはその昔、お土産らしいお土産を見つけることは難しかったのです。そんなカンボジアに乗り込み、現地の材料を使い、現地の人々と共に、カンボジアならではのお土産を作ろうとした会社があったのです。その会社が、現在では多くの日本人などに愛されているアンコールクッキーなのです。
世界の世界遺産(World Heritage)

449【カンボジア紀行】かつて存在した貯水池東バライの中央にあった、かつては人工の島だった『東メボン』

アンコールの東側にも、巨大な貯水池 東バライがかつては存在していたのです。現在は枯れてしまっていますが、アンコール最盛期には東西のバライによって、農業生産が盛んにおこなわれていただろうことが想像できます。そして、人工の島 西メボン同様に、この東バライにも人工の島 東メボンがあったのです。
2021.10.17